隣の芝生が青く見えるのは、あなたが見る目を失っているからではありません。自分の会社は良い点も悪い点も内側から全部見えているのに、他社は外から見える良い点だけで比べているからです。同じ物差しで測っていないので、差が実際より大きく見えます。

ただし、青く見えたこと自体は大事な手がかりです。何が羨ましいのかを項目に分けると、いまの職場で足りないものがはっきりします。やることは、羨ましい点を項目に分け、自社と同じ細かさでそろえ、他社の側は確かめられるものだけを確かめることです。あわせて、実際に転職した人が何に満足し、何に満足しにくかったのかを、厚生労働省の最新の調査で見ておきます。

隣の芝生が青く見える仕組み

比べている情報の量が違う

自社については、毎日の手間のかかる手続き、長い会議、上司の癖まで知っています。一方、他社について知っているのは、求人票、会社のサイト、知人の話、SNS の投稿です。いずれも、出す側が選んだ情報です。求人票は会社が人を集めるために書き、知人の話や投稿は、本人がうまくいった部分を中心に語られがちです。

悪い点まで見えている自社と、良い点だけが見えている他社を比べれば、他社が良く見えるのは当然です。これは性格の問題ではなく、手元の情報の偏りの問題です。

比べるときの状態が偏っている

他社が気になるのは、理不尽な指示を受けた日や、疲れがたまった週であることが多いはずです。そうした状態では、今の職場の悪い点ばかりが目に入ります。睡眠不足で注意力や判断力が落ちることは、厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド 2023」でも示されています。仕事の質と睡眠の関係は、睡眠不足で仕事の質が落ちるときで整理しています。大きな判断は、疲れが抜けた状態でもう一度見直してからにします。

転職した人の数字で見る

厚生労働省が 2026 年 9 月 25 日に公表した「令和 7(2025)年転職者実態調査」は、実際に転職した人に、前の会社を辞めた理由と、いまの勤め先への満足度を聞いています。

辞めた理由の上位

自己都合で前の会社を辞めた人の理由(3 つまでの複数回答)の上位は、次のとおりです。

前の会社を辞めた理由割合
賃金が低かったから25.5%
会社の将来に不安を感じたから25.2%
満足のいく仕事内容でなかったから24.7%
労働条件(賃金以外)がよくなかったから23.4%
人間関係がうまくいかなかったから22.2%
能力・実績が正当に評価されないから18.9%

転職後の満足度は項目によって違う

同じ調査で、いまの勤め先の「職業生活全体」について「満足」「やや満足」と答えた人は 54.7%、「不満」「やや不満」は 10.7%でした。満足の割合から不満の割合を引いた満足度 D.I. は 44.0 ポイントです。項目ごとの満足度 D.I. は次のとおりです。

項目満足度 D.I.
通勤の便58.0
仕事内容・職種57.8
会社の規模・知名度52.3
人間関係48.7
安全や衛生等の職場環境48.5
労働時間・休日・休暇47.9
福利厚生38.1
会社の将来性35.3
役職32.6
賃金22.2

目を引くのは、辞めた理由の上位にある「賃金」と「会社の将来」が、転職後の満足度では下のほうにあることです。賃金は「満足」「やや満足」が 49.8%ある一方で、「不満」「やや不満」も 27.6%あり、ほかの項目より不満が残りやすくなっています。

この 2 つの表は、同じ人の理由と満足度を結び付けたものではありません。それでも、「賃金のために移れば、賃金の不満はなくなる」とは言い切れないことは読み取れます。転職で賃金がどう動くかは、給料が上がらない理由を数字で比べるで雇用動向調査の数字を使って整理しています。

もう 1 つ、今後の希望を聞いた問いでは、「今の職場で今後も働きたい」が 55.1%、「機会があれば転職したい」が 20.6%、「わからない」が 22.9%でした。転職した人の 5 人に 1 人は、移った先でも、機会があれば再び転職したいと答えています。

同じ項目でそろえて比べる

差が本物かどうかは、項目をそろえて並べると見えてきます。次の表の「自社」の列は、自分の給与明細や就業規則を見ながら、他社の列と同じ細かさで書きます。

項目自社で書くこと他社で見えていること他社を確かめる方法
年収基本給・手当・賞与の内訳求人票の年収の幅、知人の額求人票の内訳、内定時の労働条件の書面
残業・休み直近の残業時間、有給休暇の取得日数「残業少なめ」などの表現公開されている残業や休暇の数字、面接
仕事内容いまの業務と、今後動きそうな範囲募集する仕事の説明労働条件の書面にある業務の「変更の範囲」
人間関係・上司具体的に困っていること知人の感想外からはほとんど分からない
会社の将来自社の業績や計画で分かること評判やニュース上場会社なら有価証券報告書の「対処すべき課題」「事業等のリスク」
勤続で得ているもの有給休暇の付与日数、退職金の規程見えない就業規則・労働条件の書面

最後の行は見落としやすい項目です。年次有給休暇は、労働基準法第 39 条で、雇い入れの日から 6 か月継続して勤務し、全労働日の 8 割以上出勤した人に 10 日与えられ、その後は勤続に応じて増えて 20 日が上限です。転職すると、この勤続は新しい会社で数え直しになります。退職金の有無や計算方法は会社の規程によります。

仕事内容の欄にある「変更の範囲」は、2024 年 4 月から労働条件を明示するときに加わった事項です。入社直後の仕事と就業場所だけでなく、将来の配置転換などで変わり得る範囲も書面で示されます。他社の公開情報の読み方は、逆質問の前に公開情報を下調べする方法で詳しく扱っています。

青く見えたときの手順

  1. 羨ましいと感じた点を 1 文ずつ書き出す。「知人の会社は在宅勤務ができる」「同期の転職先は年収が高い」のように、具体的に書きます
  2. 上の表の項目に振り分ける。どの項目にも入らない気持ち(なんとなく楽しそう、など)は、別に置いておきます
  3. 自社の同じ項目を、同じ細かさで書く。年収なら感覚ではなく給与明細の内訳で、残業なら先月の実績で書きます
  4. 他社の側を「確かめられる」「確かめられない」に分ける。確かめられないものは、比べる材料から外します
  5. 差が本物で、自分にとって大事な項目なら、いまの会社で埋められるかを 1 回試す。異動の希望を出す、上司との面談で相談する、使っていない制度を使うなど、期限を決めて試します
  6. 埋まらなければ、その項目を転職の軸にする。軸の決め方は20 代の転職の軸の決め方で整理しています

5 番目を飛ばさないことが大事です。社内で埋まる差のために転職すると、新しい職場で失うもの(勤続、慣れた人間関係、仕事の進め方の知識)のほうが大きくなることがあります。

比べるときの落とし穴

1 つの項目だけで比べない。年収が高くても、通勤が長い、残業が多いなら、時間あたりで見ると差は小さくなります。表の全項目を埋めてから判断します。

他人の条件を、自分に当てはめない。知人が転職で年収を上げた話は、その人の職種・経験・時期の話です。自分が同じ会社に入っても、同じ条件になるとは限りません。

「青く見えたのは錯覚だった」で終わらせない。項目をそろえても差が残るなら、それは本物の差です。特に、長時間労働が続く、評価の基準が示されないといった問題は、個人の気の持ちようではなく、職場の仕組みの問題です。労働時間や職場のトラブルで困っているときは、都道府県労働局などの総合労働相談コーナーや労働基準監督署に相談できます。

統計を自分の未来の予測に使わない。転職者実態調査の数字は、転職した人全体の傾向です。自分が転職したらどうなるかを示すものではありません。何を確かめるべきかを決める材料として使います。

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