昇進したのに手取りがほとんど変わらない。毎年の昇給額が小さく、数年たっても生活が変わらない。この状況を「自分の頑張りが足りないから」と受け取る必要はありません。賃金の水準は、個人の努力より先に、役職・業種・企業規模・地域といった条件で大きく決まっているためです。
この記事では、厚生労働省の統計で、どの条件がどれくらい賃金に効いているのかを並べます。感情を抜きにして数字を見ると、自分がどこを動かせば効くのかが見えてきます。
なお以下の数字は、厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」の一般労働者の所定内給与額(月額)です。全体の平均は男女計330.4千円(前年比3.8%増)、男性363.1千円、女性275.3千円、男女間賃金格差は男を100として75.8となっています。いずれも集団ごとの平均であり、個人が条件を変えれば必ずそうなるという意味ではありません。
役職が1段上がると、いくら増えるのか
まず、昇進の効果を見ます。同調査の役職別賃金(雇用期間の定めのない一般労働者、男女計)は次のとおりです。
| 役職 | 賃金(月額) | 非役職者を100としたときの水準 | 平均年齢 |
|---|---|---|---|
| 部長級 | 627.2千円 | 207.1 | 53.0歳 |
| 課長級 | 512.0千円 | 169.1 | 49.3歳 |
| 係長級 | 385.9千円 | 127.4 | 45.6歳 |
注目したいのは係長級です。非役職者を100としたときの水準は127.4。責任と業務量の増え方に対して、賃金の増え方は約1.27倍にとどまります。しかも平均年齢は45.6歳です。多くの人にとって、係長級に届くまでにかなりの年数がかかります。
「出世しても給料が上がらない」という感覚は、正確には「上がるが、かかる時間と責任に対して増え方が緩やか」です。課長級(169.1)まで行けば差は大きくなりますが、そこに到達する人数は限られます。
年齢による伸び方にも上限がある
同調査の年齢階級別賃金では、男性は55~59歳の444.1千円がピークで、20~24歳を100とすると189.6です。女性は45~49歳の298.0千円がピークで、同129.2となっています。男性でもおよそ1.9倍、女性では1.3倍ほどで頭打ちになるということです。
勤続年数で見ると、男女計では30年以上の433.9千円が最も高くなっています。長く勤めることで上がる部分は確かにありますが、その到達までに必要な年数は長く、上がり幅にも限りがあります。
昇進以外の条件は、どれくらい効いているか
ここからが本題です。同じ調査の他の区分を並べると、昇進以外の条件の効き方が見えます。
| 区分 | 高いほう | 低いほう | 差 |
|---|---|---|---|
| 産業 | 電気・ガス・熱供給・水道業 437.5千円 | 宿泊業,飲食サービス業 269.5千円 | 約1.62倍 |
| 学歴 | 大学院 497.0千円 | 高校 288.9千円 | 約1.72倍 |
| 企業規模 | 大企業 364.5千円 | 小企業 299.3千円 | 約1.22倍 |
| 雇用形態 | 正社員・正職員 348.6千円 | 正社員・正職員以外 233.1千円 | 正社員=100として66.9 |
| 都道府県 | 東京都 403.7千円 | 全国計 330.4千円 | — |
産業別では、「金融業,保険業」が410.6千円で2番目に高くなっています。都道府県別で全国計(330.4千円)を上回ったのは、東京都・神奈川県・愛知県・大阪府の4都府県だけでした。
並べて分かるのは、係長級への昇進(非役職者比127.4)より、業種の違い(約1.62倍)のほうが平均では大きいということです。もちろん業種が変われば仕事の中身も必要な経験も変わりますし、平均の比較がそのまま個人に当てはまるわけでもありません。それでも、「社内で頑張って昇進する」以外にも賃金を動かす軸があることは、数字の上でははっきりしています。
基本給と手当の構成を確認する
総額が同じでも、基本給と手当の配分によって影響が出る部分があります。
労働基準法第37条第5項は、時間外・休日・深夜の割増賃金の基礎となる賃金には「家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない」と定めています。この「厚生労働省令で定める賃金」は、労働基準法施行規則第21条により、別居手当・子女教育手当・住宅手当・臨時に支払われた賃金・1か月を超える期間ごとに支払われる賃金とされています。
つまり、割増賃金の計算から外せる手当はこの列挙されたものに限られます。そのため、名目上の基本給が低くても、列挙に当たらない手当は割増賃金の基礎に含まれることになります。自分の給与明細で、どの項目がどれに当たるのかを一度確認しておくと、残業代の計算が妥当かどうかの見当がつきます。
賞与や退職金を何をもとに計算するかは、法律ではなく会社の規程で決まります。基本給を基準にしている場合、基本給の低さが賞与や退職金にも及びます。就業規則や賃金規程を確認してください。個別の計算が正しいかどうかの判断が必要なときは、勤務先の所在地を管轄する労働基準監督署や、労働問題を扱う弁護士に相談してください。 この記事は一般的な仕組みの説明にとどまります。
転職した人の賃金は、実際どう変わったか
外へ動く選択肢についても、数字があります。厚生労働省「令和6年雇用動向調査」によると、令和6年1年間の転職入職者の賃金変動状況は次のとおりです。
- 前職の賃金と比べ「増加」した割合 40.5%
- 「減少」した割合 29.4%
- 「変わらない」の割合 28.4%
- うち「1割以上の増加」は 29.4%、「1割以上の減少」は 21.7%
「増加」が「減少」を11.1ポイント上回っています。平成27年には「増加」35.6%・「減少」33.5%とほぼ拮抗していたことと比べると、差は広がっています。
年齢別に見ると(令和6年、男女計)、20~24歳で「増加」50.5%、25~29歳で46.3%、30~34歳で46.1%、35~39歳で45.5%。一方、55~59歳では27.4%、60~64歳では13.6%と下がります。
読み取れることは2つです。転職で賃金が上がる人のほうが多いが、3割近くは下がっている。 そして、年齢が若いほど「増加」の割合は高い。 「転職すれば上がる」でも「転職は損」でもなく、条件次第というのが実態に近い理解です。
どこから手を付けるか
数字を踏まえると、取れる行動は次のように整理できます。
- 自分の現在地を、外の数字と並べる。 同じ業種・同じ企業規模・同じ地域の平均と、自分の額を比べます。低いのか、そもそも業種の水準が低いのかで、やるべきことが変わります。
- 給与明細と賃金規程を確認する。 基本給と手当の内訳、賞与・退職金の算定基準、残業代の計算方法。ここに問題があるなら、転職より先に確認すべきことがあります。
- 昇進以外の軸を検討対象に入れる。 業種、企業規模、地域。どれも簡単に変えられるものではありませんが、選択肢として存在することを知っておくかどうかで、数年後の動き方が変わります。
- 説明できる経験を貯めておく。 どの道を選ぶにしても、判断して結果を出した経験を言葉にしておく必要があります。進め方は肩書きの下でやっていたことを言葉にする方法と職場にいながら記録を残すやり方で扱っています。
気をつけたいところ
平均を自分の値として扱わない。 ここで挙げた数字はすべて集団の平均です。同じ業種でも企業によって幅がありますし、産業間の差には仕事内容・労働時間・必要な資格の違いが含まれています。方向を知るための材料であって、自分の年収の答えではありません。
総額だけで比べない。 賃金だけでなく、労働時間、通勤、賞与や手当の仕組み、退職金の有無まで含めて比べないと、実質の比較になりません。
すぐ辞める判断と、水準を知ることを混ぜない。 水準を知る作業は、辞めても辞めなくても役に立ちます。まず知り、そのうえで決める。順番を分けると、判断が落ち着きます。

