退職を伝えたら「損害賠償を請求する」と言われた。多くの場合、辞めること自体を理由にお金を払う決まりはありません。「辞めたら〇万円払う」のように違約金や賠償額をあらかじめ決める契約は、労働基準法第16条で禁じられています。期間の定めのない雇用なら、民法第627条により申入れから2週間で辞められます。

ただし「絶対に払わなくてよい」とまでは言えません。会社に実際の損害が出て、それが退職の仕方によると証明された場合に、賠償が認められた例もあります。大事なのは、その場で払わない、署名しない、根拠を書面で求めることです。給与の不払いや有給休暇の拒否、離職票を出さないといった嫌がらせには、それぞれ確かめられる決まりと相談先があります。

「損害賠償」と言われる3つの場面

退職のときに出てくる「損害賠償」には、中身の違う3つの場面があります。どれに当たるかで、考え方が変わります。

  1. 辞めること自体への請求。 「今辞めたら損害が出る、賠償しろ」という言い方です。引き止めの手段として持ち出されることが多い形です
  2. あらかじめ決めた違約金。 入社時の誓約書などに「〇年以内に辞めたら〇万円」と書かれているものです
  3. 実際に出た損害の請求。 仕事上のミス、引き継ぎをせずに突然来なくなったことなどで、会社に具体的な損害が出たとするものです

1は法律の上ではいちばん弱く、2は法律で禁じられている形です。3は事情によって認められることがあります。

法律で確かめられること

言われたこと確かめられる決まり
辞めるなら損害賠償だ期間の定めのない雇用は、いつでも解約の申入れができ、2週間で終わる(民法第627条)。「確かめよう労働条件」は、1年を超える有期契約の人が1年を過ぎて辞める場合について、その後の退職で損害賠償されることはないと説明している(労働基準法第137条)
誓約書に違約金が書いてある使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない(労働基準法第16条)
損害が出たから払え会社に損害が出て、それが退職によるものと証明されない限り、当然に請求されるわけではない(「確かめよう労働条件」Q&A)
仕事上のミスの損害を払え労働者が当然に賠償責任を負うものではなく、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度に限られる
損害分を給料から引く賃金は全額を払わなければならず、法令や労使協定で定めた場合を除き、勝手に差し引けない(労働基準法第24条)

表の4行目は、厚生労働省「確かめよう労働条件」の裁判例の解説によります。紹介されている茨城石炭商事事件(最高裁、1976年7月8日判決)では、社員が業務中に起こした事故の損害について、会社が求めることができるのは損害額の4分の1までとされました。

一方で、同じサイトの「辞職」の解説は、退職の仕方や手続きによっては損害賠償の責任が生じることがあるとして、入社直後の突然の退職で会社が被った損害に70万円の賠償が認められた例を挙げています。会社の請求をすべてはったりと決めつけるのではなく、辞め方で請求の余地を作らないことが、いちばん確実な守り方です。

退職前後の嫌がらせと、確かめる決まり

損害賠償の話と並んで起きやすいのが、手続きを使った嫌がらせです。

起きること確かめる決まり相談先
最後の給与を払わない、遅らせる退職した人が請求したら、7日以内に賃金を払わなければならない(労働基準法第23条)労働基準監督署
有給休暇を使わせない退職日より後に時季を変えることはできないので、請求どおり与える必要がある(沖縄労働局「労働相談事例」)労働基準監督署
離職票を送ってこない会社は離職日の翌々日から10日以内にハローワークへ届け出る。届出が遅れても、一定期間が過ぎればハローワークで仮の手続きができるハローワーク
退職証明書を出さない請求されたら遅滞なく交付しなければならない(労働基準法第22条)労働基準監督署
退職金を払わない、減らす規程で条件が決まっていれば賃金にあたり、不支給や減額は、それまでの功績を失わせるほどの重大な背信行為がある場合などに限られる(「確かめよう労働条件」)総合労働相談コーナー、弁護士
無視や仕事外し、暴言パワーハラスメントにあたるかは、厚生労働省の指針の3つの要素で判断する社内の相談窓口、労働局

離職票については、厚生労働省とハローワークのリーフレット(2025年)が、会社が「離職票交付なし」で届け出ると失業給付に必要な離職票が発行されないため、受給を希望するなら「離職票交付あり」で届け出るよう会社に頼むよう案内しています。三重労働局のハローワーク津の案内には、離職票が届かなくても、退職日の翌日から数えて12日目以降なら仮の手続きで申し込めると書かれています。

暴言や仕事外しが指導の範囲かどうかの線引きは、上司に詰められるときの対処の記事で、厚生労働省の指針にそって整理しています。

言われたときの手順

1. その場で払わない、署名しない

「損害賠償」「念書を書け」と言われても、その場で答える必要はありません。

ご指摘の内容は、書面でいただけますか。確認してからお返事します。

念書や合意書への署名を求められたら、持ち帰ります。「確かめよう労働条件」が紹介する事例でも、会社は退職する社員から200万円を払う念書を取っていましたが、裁判所が認めた損害は70万円でした。署名した書面は、後で争うときの足かせになります。

2. 請求の根拠と内訳を求める

本当に損害があるなら、何の損害で、いくらで、なぜ自分の退職が原因なのかを示せるはずです。

損害の内容と金額、私の退職との関係を、書面でお示しください。

根拠が示されないまま話が進まないなら、それ自体が記録になります。

3. やり取りを記録する

日時、場所、誰が、どんな言葉で言ったかを、その日のうちにメモします。メールやチャットで届いたものは、自分の手元に保存します。会社の資料を持ち出すことは、別の問題を生むので避けます。

4. 請求の余地を作らない辞め方をする

退職の意思は書面で伝え、日付の記録を残します。引き継ぎの一覧を作って渡し、貸与されたパソコンや社員証、書類は返却した記録を残します。伝え方と退職届の出し方は、しつこい引き止めへの対処と退職の伝え方で順に説明しています。

5. 外部に相談する

相談先こんなとき
総合労働相談コーナー何から手をつければよいか分からない。都道府県労働局や労働基準監督署などに全国378か所(2026年4月1日現在)
都道府県労働局の助言・指導、あっせん会社と話し合いが進まない。令和7年度は「自己都合退職」に関する助言・指導の申出が864件あった
労働基準監督署賃金の不払い、有給休暇の拒否、退職証明書を出さない
ハローワーク離職票が届かない
弁護士(法テラスなど)実際に請求書や裁判所の書類が届いた

対処するときの落とし穴

  • 怖くなって、言われた額を払う。 一度払うと、請求を認めたと受け取られかねません。払うかどうかは、根拠を確かめ、相談してから決めます。
  • 連絡を絶って、そのまま出社しなくなる。 引き継ぎのないまま突然辞めることは、損害賠償が認められた例の典型です。茨城労働局の相談事例も、有給休暇を使い切って辞める場合に、引き継ぎなど必要な業務を果たしていないと問題が起きることがあるとして、早めの請求を勧めています。
  • 言い返して、脅しの言葉を引き出そうとする。 感情的なやり取りは、記録としても使いにくくなります。書面を求める一言だけに絞ります。
  • 退職後の手続きを会社任せにする。 離職票、源泉徴収票、退職証明書(必要なとき)など、受け取るものの一覧を作り、届かないものは早めに問い合わせます。
  • 一人で抱え込む。 社内の窓口と外部の窓口の使い分けは、コンプライアンス窓口とパワハラ相談の使い分けの記事にまとめています。眠れない日が続くなど体調に変化があるときは、厚生労働省の「こころの耳」で相談先を探せます。

転職や退職に関するほかの記事は、キャリア・転職の一覧から探せます。

出典

  • 労働基準法(第16条、第22条、第23条、第24条、第137条)、民法(第627条、第628条)(e-Gov法令検索)
  • 厚生労働省「確かめよう労働条件」Q&A「長期契約を結んだものの、途中で退職した場合には損害賠償請求されますか?」、裁判例「仕事上のミスを理由とする損害賠償」「辞職」「退職金不払い」
  • 厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(2026年7月7日公表)
  • 厚生労働省・ハローワーク「2025年1月から、『離職票』をマイナポータルで受け取れるようになります!」
  • 三重労働局 ハローワーク津「雇用保険給付窓口からのお知らせ」
  • 沖縄労働局「労働相談事例 年休Q1」、茨城労働局「退職前でも有給休暇は請求できる」
  • 日本郵便「内容証明」