「まずは下積みから」と言われて数か月がたち、任される作業は増えたのに、何ができるようになったのか自分でも言えない。この状態は、本人の飲み込みの問題ではなく、教育に計画があるかどうかの差で起きています。
同じ「日常業務のなかで教える」でも、計画があるものとないものは、国の統計上も別のものとして数えられています。まずその線引きから見ていきます。
国の調査は「計画的なOJT」を定義している
厚生労働省の「能力開発基本調査」は、計画的なOJTを次のように定義しています。
日常の業務に就きながら行われる教育訓練(OJT)のうち、教育訓練に関する計画書を作成するなどして教育担当者、対象者、期間、内容などを具体的に定めて、段階的・継続的に実施する教育訓練
(同調査「用語の説明」による)
ここで挙がっている要素は4つです。
| 要素 | 放置されている職場で欠けやすい点 |
|---|---|
| 教育担当者 | 誰が教える役なのかが決まっていない |
| 対象者 | 誰が何を習得すべきかが決まっていない |
| 期間 | いつまでに、という区切りがない |
| 内容 | 何ができれば次に進むのかが決まっていない |
「背中を見て覚えろ」は、この4つがすべて空欄の状態です。作業を見ること自体に意味がないわけではなく、見るべき点と到達点が決まっていないまま観察するので、時間の割に残るものが少なくなります。
放置は珍しいことではない
令和6年度「能力開発基本調査」(令和6年10月1日時点の状況について実施)では、次の結果が出ています。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 正社員に計画的なOJTを実施した事業所 | 61.1% |
| 計画的なOJTを実施していない事業所 | 35.1% |
| 新入社員(正社員)を対象に実施した事業所 | 54.7% |
| 中堅社員(正社員)を対象に実施した事業所 | 37.5% |
| 能力開発や人材育成に何らかの問題があるとした事業所 | 79.9% |
問題があるとした事業所の内訳では、「指導する人材が不足している」が59.5%で最も高く、「人材を育成しても辞めてしまう」が54.7%、「人材育成を行う時間がない」が47.4%と続きます。
教える側にも余力がないというのが多くの職場の実情です。これは会社を擁護するための話ではなく、対処の方向を決めるために必要な前提です。相手に時間の余裕がないなら、時間のかかる頼み方は通りません。
観察で覚える形と、手順が書かれている形の違い
観察型の教育と、手順が文書になっている教育の差は、覚えられるかどうかではありません。間違いが起きたときに、どこを直せばよいかが分かるかどうかです。
| 観察して覚える形 | 手順が書かれている形 | |
|---|---|---|
| 覚える対象 | 先輩の動き全体 | 工程ごとの手順と判断の基準 |
| 間違えたとき | 「見ていなかった」で終わる | どの工程で判断を誤ったかが特定できる |
| 教える側の負担 | その場では軽いが、毎回発生する | 最初は重いが、2人目からほぼ不要 |
| 本人に残るもの | できる作業(説明は難しい) | できる作業と、その理由 |
観察型が悪いわけではなく、手順が書かれているものの上に観察を足すと効くという順番です。文書がない職場では、その文書を自分で作る側に回るほうが早く進みます。具体的な作り方は後述します。
法律が求めているのは「計画」と「担当者」
職業能力開発促進法は、事業主に次のことを求めています。
- 雇用する労働者の職業能力の開発及び向上が段階的かつ体系的に行われることを促進するため、計画を作成するように努めなければならない(第11条第1項)
- 計画を作成したときは、その内容を労働者に周知させるために必要な措置を講ずるよう努めること(第11条第2項)
- 計画の作成・実施や、労働者に対する相談・指導等の業務を担当する職業能力開発推進者を選任するように努めなければならない(第12条)
いずれも努力義務であり、違反に罰則がある種類の規定ではありません。ただし、会社に計画を求めること自体は筋の通った話だという裏づけにはなります。「教育の計画はありますか」「職業能力開発推進者は誰ですか」は、感情的な要求ではなく制度上の質問として聞けます。
なお同法第10条の3は、事業主が、労働者の求めに応じてキャリアコンサルティングの機会を確保することその他の援助を行うものとするとも定めています。社内に相談のしくみがあるかどうかを確認する手がかりになります。
放置されている側が今日からできること
待っていても計画が降りてこない場合、自分で手順書を書くのが最短です。教わった内容をまとめるのではなく、自分が実際にやったことを次の形で残します。
- 作業名(社内の呼び方でかまいません)
- 手順(自分がやった順に、飛ばさずに)
- 迷った箇所(どこで手が止まったか)
- 確認した相手と、その回答
- 次にやるなら変える点
この形にすると、3つの効果があります。ひとつは、質問が「教えてください」から「この手順で合っていますか」に変わり、相手の負担が数分で済むこと。ふたつめは、相手にとっても引き継ぎ資料が増えるので、断られにくくなること。3つめは、数か月後に自分の力を説明する材料になることです。
「下積み」に意味があるかどうかも、この記録で判別できます。手順書が積み上がり、扱える作業の種類が増えているなら段階の一部です。同じ内容の手順書が繰り返し増えるだけなら、習得ではなく処理を担っている状態です。
身についたものが社内でしか通じない形になっていないかの確かめ方は、成長できない焦りの正体|社内でしか効かない力の見分け方で扱っています。
つまずきやすいところ
- 「教えてもらえない」と伝える:相手の余力がない前提では通りにくい頼み方です
- メモを頭の中だけに残す:判断の理由は、書いておかないと数か月で消えます
- 完璧な手順書を作ろうとする:迷った箇所が書いてあるだけで質問の材料になります
- 下積みかどうかを期間で判断する:期間ではなく、扱える作業の種類が増えているかで見ます
仕事の内容そのものに納得がいかない場合は、仕事にやりがいがないとき|作り替える手順と見極め方も参考にしてください。
出典
- 厚生労働省「令和6年度『能力開発基本調査』の結果」(調査結果の概要、用語の説明)
- 職業能力開発促進法(昭和四十四年法律第六十四号)第10条の3、第11条、第12条(e-Gov法令検索)



