会議で決まったことが実行されないのは、出席者の意欲が足りないからではありません。多くの場合、決まったのは「何をするか」だけで、「誰が動き、誰が結果に責任を持ち、いつ確かめるか」が決まっていないことが原因です。全員で合意したことは全員の仕事に見えて、実際には誰の仕事でもなくなります。
直し方は、決定を作業に分け、作業ごとに実行する人(R)と結果に責任を持つ人(A)を決めて表にすることです。この表を RACI(レイシー)と呼びます。A は作業ごとに1人に絞り、その作業に必要な権限を持つ人にします。以下では、決まったことが立ち消えになる組織の構造、自分の職場を点検する表、RACI 表の作り方、使うときの落とし穴を順に整理します。
決まったことが立ち消えになる構造
決定に主語がない
「来月から顧客アンケートを始める」と決まっても、質問を作る人、配る手段を用意する人、集計する人、結果を報告する人は、決まっていないことがよくあります。会議の場では全員がうなずいているので、決まった実感はあります。しかし、会議室を出たあとに最初の一歩を踏み出す人がいません。
人数が多いほど「誰かがやる」と思う
同じことを知っている人が多いほど、自分が動く理由は薄れます。心理学では「責任の分散」と呼ばれる傾向です。Darley と Latané が1968年に発表した実験では、インターホン越しに相手の発作を聞いた学生のうち、自分しか聞いていないと思っていた人は85%が発作の終わるまでに知らせに動いたのに対し、ほかに4人が聞いていると思っていた人では31%でした。緊急時の援助を調べた実験なので会議にそのまま当てはまるわけではありませんが、「ほかにも知っている人がいる」ことが動き出しを遅らせる点は、会議の決定にも通じます。
担当に権限がない
担当になった人に、予算を使う権限、ほかの部署に頼む権限、自分の手持ちの仕事を後ろに回す権限がないと、動こうとした時点で止まります。決める権限を持つ人が会議にいないまま決めたことは、担当者がもう一度上に通すところで止まりがちです。
ほかの仕事との優先順位が決まっていない
新しい作業は、たいてい今の仕事の上に積まれます。何を後ろに回すかが決まっていなければ、締め切りのある日々の仕事に押し出され、期限のない決定は後回しになります。担当の線の引き方は業務範囲が曖昧で仕事が増えるときの担当表の作り方でも扱っています。
次に確かめる場がない
次の会議の議題に「前回の決定の進み具合」がなければ、止まっていても誰も困りません。気づくのは、決定の期日がとうに過ぎて、誰かが「あの件どうなった?」と聞いたときです。
自分の職場の「決まったこと」を点検する
最近の会議で決まったことを3つ思い浮かべ、次の表で症状を確かめます。症状ごとに、欠けているものが違います。
| よく見る症状 | 欠けているもの |
|---|---|
| 次の会議で「あの件どうなった?」が出る | 実行する人(R)が決まっていない |
| 担当者が「上の了解がまだ」で止まる | 結果に責任を持つ人(A)に権限がない、または A が会議にいない |
| 何人もが少しずつ手を付け、誰もまとめない | A が複数いる、または誰もいない |
| 動き出したあとで「聞いていない」と反対が出る | 事前に意見を聞く人(C)を飛ばした |
| 終わったのに関係者が知らず、同じ作業を二重にした | 結果を知らせる人(I)が決まっていない |
| 期限を過ぎても、誰も困らない | 確かめる場と期限がない |
上の3行のどれかが当てはまるなら、個人の努力より、役割の決め方を直すほうが早く効きます。
RACI の4つの役割
RACI は、作業ごとに関わる人の役割を4つに分けて書く表です。
| 記号 | 英語 | 役割 | 1作業あたりの人数 |
|---|---|---|---|
| R | Responsible | 実際に作業をする人 | 1人以上 |
| A | Accountable | 結果に責任を持ち、終わったかどうかを判断する人 | 必ず1人 |
| C | Consulted | 作業の前や途中に意見を聞く人(やり取りは双方向) | 必要な人だけ |
| I | Informed | 結果や進み具合を知らせる人(伝えるのは一方向) | 必要な人だけ |
プロジェクトマネジメントの手引きとして広く使われている PMI の『PMBOK ガイド』第5版(2013年)は、RACI を責任分担表の代表的な形として紹介し、1つの作業に説明責任を持つ人を1人にすることで混乱を防ぐという考え方を示しています。
日本語の「責任者」という言葉は、作業をする責任(R)と、結果に責任を持つこと(A)の両方を指してしまいます。RACI を使う利点の大きな部分は、この2つを分けて言葉にできることにあります。
決定を RACI 表にする手順
1. 決定を作業に分ける
決定1つを、動詞で終わる作業に分けます。1行に1作業です。「アンケートを始める」ではなく、「質問を10問以内で作る」「配る手段を用意する」のように、誰か1人が手を動かせる大きさにします。
2. 列に関係者を個人名で並べる
部署名ではなく、個人名で並べます。部署名にすると、その部署の中で再び「誰がやるか」が宙に浮きます。
3. 各行に A を1人だけ置く
R より先に A を決めます。A には、その作業に必要な予算や人手、ほかの部署への依頼の権限を持つ人を置きます。権限がない人を A にすると、表の上では決まっていても、実際には止まります。
4. R を置き、期限を足す
R は A が兼ねても構いません。その場合は「A/R」と書きます。R が2人以上になるときは、まとめ役を1人決めます。RACI の表には期限の欄がないので、行ごとに期限の列を足します。
5. C と I は必要な分だけ
C は「事前に聞いておかないと、あとで覆す人」に絞ります。I は「終わったことを知らないと、自分の仕事に差し支える人」に絞ります。念のために全員を C にすると、意見を集めるだけで時間が過ぎます。
6. 表を縦と横に点検する
横に見て、各行に A がちょうど1つ、R が1つ以上あるかを確かめます。縦に見て、1人に R が集中していないかを確かめます。集中しているなら、その人の手持ちの仕事のうち何を後ろに回すかを、その場で A と決めます。
7. 会議の最後に読み上げ、本人に引き受けてもらう
表を画面に映し、R と A の欄に名前がある人に、その場で「引き受けます」と言ってもらいます。できあがった表は議事録に添えます。決定・次の行動・保留の書き分けは議事録と発言録の違いを参照してください。
8. 次の会議の冒頭で、A が1行ずつ報告する
進み具合を報告するのは R ではなく A です。A が状況を把握していれば、止まっている作業にその場で手を打てます。
記入例
「来月から顧客アンケートを始める」という決定を表にすると、次のようになります。
| 作業 | 期限 | 鈴木(課長) | 田中 | 佐藤 | 山本 | 営業部長 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 質問を10問以内で作る | 10/10 | A | R | C | C | |
| 回答フォームと配る名簿を用意する | 10/17 | A/R | R | |||
| 顧客に案内を送る | 10/20 | A | R | I | ||
| 回答を集計して報告する | 11/14 | A | R | I |
この例では、質問の中身と顧客への連絡は外に出るものなので、課長を A にしています。フォームの用意は田中さんが自分の裁量で進められるので、A と R を兼ねています。営業部長は、顧客に何を聞くかには意見を言う立場(C)、送ったことと結果を知っていればよい立場(I)として分けています。
1人ひとりの ToDo をその場でチケットにして期限の日に思い出す仕組みは、打ち合わせの ToDo をチケットにする手順で扱っています。RACI 表は、その手前で「誰の ToDo にするか」を決めるための表です。
使うときの落とし穴
すべての行で上司を A にする。 上司がすべての A を持つと、上司の判断待ちで全部が止まります。A は、その作業に必要な権限を持つ人のうち、作業にいちばん近い人に置きます。
本人のいない場で名前を書き込む。 欠席した人を R にしておくと、本人は知らないまま期限が過ぎます。欠席者に割り振るなら、会議の後に本人の了解を取るまでは「仮」と書いておきます。
責任を問うための表にする。 RACI 表は、失敗したときに誰のせいかを決める表ではありません。そう使われると、誰も A を引き受けなくなり、元の「誰の仕事でもない」状態に戻ります。止まったときは、A を責める前に、権限と優先順位のどちらが欠けていたかを確かめます。
小さな決定まで表にする。 5分で終わる作業や、担当が1人で完結する作業に RACI 表は要りません。表を作ること自体が目的になると、会議の最後が表づくりで埋まります。部署をまたぐ決定や、関わる人が多い決定だけに使います。
作ったまま更新しない。 異動や担当替えのたびに、表の名前は古くなります。A が異動したら、その日のうちに次の A を決めて書き換えます。
一人で変えようとする。 会議の進め方や決裁の権限は、職場の仕組みの問題で、参加者一人の工夫だけでは変わりません。自分にできるのは、会議の最後に「この件の A はどなたですか」と一言確かめること、自分が R になったら権限と何を後ろに回すかを確かめてから引き受けることです。そのうえで、決定の追いかけ方を会議の決まりとして取り入れてもらうよう、進め役や上司に提案します。
会議で決めたことが動かないとき、足りないのは多くの場合、やる気ではなく主語です。次の会議では、決定のたびに「この件の A はどなたですか」と1回だけ聞いてみてください。答えが出ない決定は、まだ決まっていない決定です。会議や調整に関するほかの記事は対人関係・調整の記事一覧にあります。
参考資料
- Darley, J. M., & Latané, B. (1968). Bystander intervention in emergencies: Diffusion of responsibility. Journal of Personality and Social Psychology, 8(4), 377–383.
- Project Management Institute『プロジェクトマネジメント知識体系ガイド(PMBOK ガイド)』第5版(2013年)



