サービス残業を断るときは、「残業すること」と「その時間が払われないこと」を分けて考えます。残業そのものは、会社が36協定を結んで届け出ており、就業規則に残業を命じる定めがあれば、断れない場面があります。一方で、働いた時間を記録せず賃金を払わないことは、どんな事情でも認められません。
つまり、断るべきは多くの場合、残業ではなく「無給」の部分です。その場の伝え方は「やります。ただし残業として申請します」か、「定時までに終える範囲を決めてください」の2つが基本になります。そのうえで、残業を断れる場面(36協定がない、上限を超える、妊娠中や育児・介護で請求しているなど)を知っておけば、必要なときに根拠を持って断れます。
サービス残業が生まれる仕組み
仕事を頼む人と、時間を記録する仕組みが別々に動いている
サービス残業は、上司が「払わない」と決めて起きるとは限りません。多くの職場では、仕事を頼むのは上司、時間を記録するのは本人の申告、払うのは給与の担当と、役割が分かれています。上司は「これ明日までに」と頼むだけで、それが残業になるかどうかは考えていません。本人は「頼まれたけれど、残業申請するほどでもない」と申告を控えます。こうして、誰も決めていないのに、払われない時間が生まれます。
厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(2017年1月)は、この状態を会社側の管理の問題として扱っています。会社は始業・終業の時刻を、タイムカードやパソコンの使用記録などの客観的な記録をもとに確かめるのが原則です。自己申告で把握する場合も、申告できる残業時間に上限を設けるなど正しい申告を妨げてはならず、実際には協定の時間を超えて働いているのに記録の上だけ守っているように見せることが慣習になっていないかを確かめるよう求めています。
「自主的」という扱いでも、労働時間は実態で決まる
同じガイドラインは、労働時間を「使用者の指揮命令下に置かれている時間」とし、会社の明示または黙示の指示で業務をした時間は労働時間にあたるとしています。労働時間かどうかは就業規則などの定めではなく、実態から客観的に決まるとも書かれています。
「打刻してから少しだけ」「家でやっておいて」という頼み方でも、仕事として求められていれば、記録から外してよい理由にはなりません。
断れる残業と、断りにくい残業の見分け方
残業を命じる側にも、守るべき条件があります。次の表で、自分の状況がどこに当てはまるかを確かめてください。
| 状況 | 残業を断れるか | 根拠 |
|---|---|---|
| 36協定が結ばれていない、届け出ていない | 会社は残業を命じられない | 労働基準法第36条。厚生労働省「確かめよう労働条件」も協定のない残業は法違反としている |
| 36協定の上限を超える | 上限を超える分は命じられない | 原則は月45時間・年360時間。特別な事情があっても年720時間以内、休日労働を含め月100時間未満、2〜6か月の平均80時間以内(第36条) |
| 妊娠中・産後1年以内で、残業しないことを請求した | 会社は残業させてはならない | 労働基準法第66条第2項 |
| 小学校入学前の子を育てている、家族を介護していて、残業の免除や制限を請求した | 条件を満たせば、免除や月24時間・年150時間までの制限を受けられる | 育児・介護休業法第16条の8、第16条の9、第17条、第18条(勤続1年未満などの例外、1か月前までの請求などの条件がある) |
| 協定と就業規則の定めがあり、協定の範囲内で業務上の理由がある | 断りにくい | 下の最高裁判決を参照 |
| 働いた時間を記録しない、払わない | 状況にかかわらず認められない | 労働基準法第24条(賃金の全額払い)、第37条(割増賃金) |
表の5行目は、最高裁の日立製作所武蔵工場事件(1991年11月28日判決)の考え方です。厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会の資料(2006年11月)にも、就業規則に関する主な裁判例として載っています。判決は、36協定を結んで届け出たうえで、就業規則に協定の範囲内で一定の業務上の理由があれば残業させられると定めており、その内容が合理的なら、労働者は残業する義務を負うとしました。この事件では、残業命令に従わなかったことなどを理由とする懲戒解雇が争われています。
つまり「残業は全部断れる」とは言えません。自分の会社がどうなっているかは、次の3点で確かめます。
- 36協定の中身。 会社は協定を掲示や書面の交付などで労働者に周知しなければなりません(労働基準法第106条)。延長できる時間と、残業を命じる理由が書かれています
- 就業規則の残業の定め。 「業務上必要な場合は時間外労働を命じることがある」といった条文があるか
- 残業の申請ルール。 事前申請か事後申請か、誰が承認するか。サービス残業の多くは、この手順が守られていないところで起きます
その場での伝え方
1. 頼まれた時点で「残業になる」と言葉にする
定時間際に仕事を頼まれたら、引き受けるかどうかの前に、時間の扱いをはっきりさせます。
承知しました。今からだと定時を1時間ほど超えるので、残業として申請して進めます。
責める言い方をする必要はありません。引き受ける意思と、記録に残すことを同じ文に入れるのがポイントです。上司が「それなら明日でいい」と言えば、その仕事は急ぎではなかったことになります。
2. 時間内に終わらないなら、優先順位を上司に決めてもらう
仕事の量そのものが所定の時間に収まらないときは、どれを後に回すかを上司に選んでもらいます。
今日の残り時間で終えられるのは、AかBのどちらか一方です。どちらを優先しますか。もう一方は明日の午前中に終えます。
こちらで勝手に後回しにすると「言われた仕事をしない」と受け取られます。選ぶのは上司、という形にしておけば、残業を減らす判断を上司の側に置けます。
3. 打刻後や持ち帰りを求められたら、記録の扱いだけ確かめる
「打刻してから片付けておいて」「家で仕上げて」と言われたときは、作業を断る前に、時間の扱いを確かめます。
打刻の後に作業した分は、どう申請すればよいですか。申請の手順を教えていただければ、そのとおりに進めます。
答えが「申請はしないで」なら、それは払われない前提の依頼です。その場で言い争わず、やり取りの日時と言葉を残して、後で相談先に持っていきます。
4. 決まったことを文字で送る
口頭で決まったことは、その日のうちにチャットかメールで送ります。
先ほどの件の確認です。本日は〇〇を優先し、19時まで残業として申請します。△△は明日の午前中に対応します。
依頼と承認のやり取りが残ると、後で「頼んでいない」「自主的にやった」とされにくくなります。
変わらないときの記録と相談
伝え方を変えても、申請させてもらえない状態が続くなら、個人のやり方ではなく職場の管理の問題です。始業・終業の時刻、休憩、持ち帰った作業、誰から何を頼まれたかを、その日のうちに自分で記録してください。未払いの残業代の目安を出す計算と、給与明細との突き合わせ方は、やりがい搾取を残業代と最低賃金で見分ける記事で整理しています。
社内では、上司の上の役職者か人事・給与の担当に、記録を添えて確認の形で聞きます。社内で進まないときの相談先は次のとおりです。
| 相談先 | できること |
|---|---|
| 労働基準監督署 | 残業代の不払いなど、労働基準法違反の申告を受け付け、会社を調査・指導する |
| 総合労働相談コーナー | 都道府県労働局や労働基準監督署などにあり、無料で相談できる。全国378か所(2026年4月1日現在) |
| 労働条件相談ほっとライン(0120-811-610) | 厚生労働省の委託事業。平日17時〜22時、土日9時〜21時に無料・匿名で電話相談できる |
| 弁護士(法テラスなど) | 未払い分を請求する手続きを考えるとき |
労働基準監督署に法令違反を申告したことを理由に、会社が解雇その他の不利益な扱いをすることは禁じられています(労働基準法第104条第2項)。社内の窓口と外部の窓口の使い分けは、コンプライアンス窓口とパワハラ相談の使い分けの記事にまとめています。
断るときの落とし穴
- 「違法だからやりません」と言い切る。 36協定と就業規則を確かめる前に言い切ると、残業を命じられる根拠がある職場では、業務命令に従わなかったとして扱われるおそれがあります。先に書類を見ます。
- 「今日だけ」を記録なしで引き受ける。 1回の例外は、次から当たり前の扱いになります。短い時間でも申請の形を崩さないほうが、後で説明がしやすくなります。
- 申告する時間を自分で削る。 遠慮して少なめに付けると、記録の上では働いていないことになります。ガイドラインが確かめるよう求めているのも、この「記録の上だけ守っている」状態です。
- 会社の資料を持ち出して証拠にする。 就業規則に触れるおそれがあります。自分のメモと、手元にある自分宛てのメールやチャットを中心にそろえます。
- 強く詰められても一人で抱える。 申請を認めない上司との話し合いで詰められたときの返し方は、上司に詰められるときの対処の記事が参考になります。眠れない、朝に体が動かないといった状態が続くなら、残業の話より先に、医療機関や産業医に相談してください。厚生労働省の「こころの耳」に働く人向けの相談窓口がまとめられています。
理不尽な扱いへの向き合い方は、対人関係・調整の記事の一覧から探せます。
出典
- 労働基準法(第24条、第32条、第36条、第37条、第66条、第104条、第106条)、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(第16条の8、第16条の9、第17条、第18条)(e-Gov法令検索)
- 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(2017年1月20日)
- 厚生労働省「確かめよう労働条件」36協定とは/時間外・休日労働と割増賃金
- 厚生労働省 労働政策審議会労働条件分科会 第68回資料「就業規則に関する主な裁判例」(2006年11月)
- 厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(2026年7月7日公表)
- 厚生労働省「労働条件相談ほっとライン」



