やりがい搾取とは、仕事の意義や「やりがい」を理由に、本来払われるべき賃金や守られるべき労働条件が削られている状態を指す言葉です。法律の用語ではありません。教育社会学者の本田由紀氏が、2007年に雑誌『世界』に寄せた論考「〈やりがい〉の搾取――拡大する新たな『働きすぎ』」で使い、広く知られるようになりました。

言葉としては幅がありますが、法律で白黒をつけられる部分ははっきりしています。働いた時間が労働時間として数えられているか、残業代が払われているか、時給に直して最低賃金を下回っていないか、管理職の肩書きで残業代が外されていないかの4点です。ここに当てはまるなら、やりがいの問題ではなく賃金の問題として、労働基準監督署などに相談できます。

法律で扱える部分と、扱えない部分

やりがい搾取と呼ばれる状態には、2つの層があります。

層例何で判断するか
法律に違反している可能性がある研修や準備の時間に賃金が出ない、残業代が払われない、時給換算で最低賃金を下回る労働基準法・最低賃金法など
違法ではないが、条件が見合っていない残業代は出ているが基本給が同業より低い、成長の機会として雑務が増え続ける条件の比較、交渉、職場を移ること

先に確かめるべきは上の層です。法律に反しているかどうかは、気持ちや職場の空気ではなく、記録と数字で判断できるからです。

厚生労働省「賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和7年)」(2026年8月公表)によると、2025年に全国の労働基準監督署が扱った賃金不払の事案は22,605件、対象の労働者は173,016人、金額は128億5,782万円でした。このうち96.1%の件数で、監督署の指導を受けて使用者が支払っています。記録をもとに相談すれば、動く仕組みがあるということです。

やりがいが賃金の代わりにされる仕組み

熱意が、申告を控えさせる

「好きでやっているのだから」「勉強させてもらっているのだから」と考えると、本人が残業を少なめに申告したり、持ち帰った作業を記録しなかったりします。厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(2017年1月)は、自己申告できる残業時間に上限を設けるなど、正しい申告を妨げる措置を会社が講じてはならないとしています。つまり、申告を控えさせる空気があること自体が、会社側の管理の問題です。

仕事の意義が、条件の話を止める

「社会のための仕事だから」という説明は、条件の交渉を切り出しにくくします。仕事に意義があることと、働いた時間に賃金が払われることは、別々に成り立つ話です。意義を感じていても、賃金の確認をためらう理由にはなりません。

法律上の論点を確かめる

労働時間として数えられているか

同じガイドラインは、労働時間を「使用者の指揮命令下に置かれている時間」とし、次のような時間も労働時間として扱わなければならないとしています。

  • 会社の指示で行う業務の準備(決められた制服への着替えなど)や、終業後の片付け・清掃
  • 指示があればすぐに仕事に就くよう求められている待機の時間(手待時間)
  • 参加が義務付けられている研修、会社の指示で行う業務に必要な学習

「自主的な勉強会」「準備は始業前に済ませる」という職場の決まりでも、実態として参加や準備が求められていれば、労働時間にあたる可能性があります。

残業代が払われているか

法定労働時間は1日8時間・週40時間です(労働基準法第32条)。これを超えて働かせるには労使協定(36協定)が必要で、超えた時間には割増賃金が必要です。

働いた時間割増率
法定労働時間を超えた時間外労働25%以上
時間外労働のうち月60時間を超えた部分50%以上(中小企業も2023年4月から)
深夜(22時から翌5時)25%以上
法定休日の労働35%以上

36協定で延ばせる時間外労働にも上限があり、原則は月45時間・年360時間です。

「固定残業代(みなし残業代)込み」の給与の場合、厚生労働省は求人の際に、固定残業代の名称・対象となる時間数と金額・その時間を超えた分は追加で支払うこと、の3点を明示するよう求めています。決められた時間を超えた残業には、別に割増賃金が払われる必要があります。

時給に直して、最低賃金を下回っていないか

月給制でも、最低賃金は時間額で比べます。厚生労働省の「最低賃金額以上かどうかを確認する方法」によると、月給を1か月の平均所定労働時間で割った金額を、働いている都道府県の地域別最低賃金と比べます。このとき、通勤手当・家族手当・精皆勤手当・時間外や深夜の割増賃金は、月給から除いて計算します。地域別最低賃金は毎年改定されるので、比べるときは厚生労働省の「地域別最低賃金の全国一覧」で最新の額を確かめてください。

長時間働いている人は、実際に働いた時間で割った「実質の時給」も出してみてください。所定の時間で割れば最低賃金を上回っていても、実際の時間で割ると大きく下がっていることがあり、払われていない残業の大きさが見えます。

「管理職だから残業代なし」は正しいか

労働基準法第41条第2号の「管理監督者」には、労働時間・休憩・休日の規定が適用されません。ただし厚生労働省のパンフレット「労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために」は、管理監督者にあたるかどうかは役職名ではなく、次の実態で判断するとしています。

  • 労務管理について経営者と一体的な立場にある、重要な職務内容があるか
  • 採用や部下の評価、勤務割の作成などについて、重要な責任と権限があるか
  • 出退勤の時刻を自分で決められるなど、勤務の仕方が労働時間の規制になじまないものか
  • 基本給や役職手当などで、その地位にふさわしい待遇がされているか

「課長」「店長」の肩書きがあっても、多くのことを上に決裁してもらう必要があり、部下と同じ仕事が大半を占めているなら、管理監督者にはあたらない可能性があります。また、管理監督者であっても、深夜の割増賃金と年次有給休暇は一般の労働者と同じように必要です。

記録から相談までの手順

1. 自分で労働時間を記録する

始業・終業の時刻、休憩、持ち帰った作業、上司から指示があったかどうかを、その日のうちに書き残します。手帳でもスマートフォンのメモでも構いません。業務メールやチャットの送信時刻も、働いていた時間の手がかりになります。

2. 契約と給与の書類をそろえる

労働条件通知書(雇われるときに労働条件を書面で示すことは、会社の義務です)、就業規則、給与明細、応募した求人票をそろえます。明細の「時間外手当」の時間数が、自分の記録と合っているかを見ます。

3. 概算を出す

所定の時給(月給から除外する手当を引き、平均所定労働時間で割った額)に、記録上の残業時間と割増率を掛けると、払われるべき残業代の目安が出ます。正確な計算は相談先で確かめるとして、まずは差がどれくらいあるかをつかみます。

4. 社内で確かめる

人事や給与の担当に、責める形ではなく確認の形で聞きます。

今月の時間外労働が、私の記録では約25時間ですが、明細では10時間になっています。どの時間が労働時間から外れているのか、確認させてください。

5. 外部に相談する

社内で話が進まないとき、社内では聞きにくいときは、次の窓口があります。

相談先内容
総合労働相談コーナー都道府県労働局や労働基準監督署の中にあり、無料で相談できる
労働基準監督署残業代の不払いなど、労働基準法違反の申告を受け付け、会社に調査・指導をする
労働条件相談ほっとライン(0120-811-610)厚生労働省の委託で、平日夜間と土日に無料で電話相談できる。受付時間は厚生労働省のサイトで確認
弁護士(法テラスなど)未払い賃金を請求する手続きを考えるとき
労働組合社内の組合のほか、一人でも入れる地域の労働組合がある

同じ職場の中でハラスメントも重なっているときの相談先の使い分けは、社内の窓口で解決しないときの外部の相談先にまとめています。

法律に反していなくても消耗しているとき

残業代も払われ、最低賃金も上回っているのに消耗している場合は、法律ではなく条件の比較の問題です。基本給が同じ職種の相場と比べて低いのか、昇給の仕組みがないのか、業種そのものの水準なのかで、打つ手が変わります。賃金がどの要素で動くかは給料が上がらない理由を数字で比べるで整理しています。

仕事の意味づけを見直すことは大切ですが、それで条件の問題を埋め合わせないようにしてください。意味づけと条件を分けて扱う考え方は、仕事にやりがいがないときの作り替え方で扱っています。

確かめるときの落とし穴

  • 残業を少なめに申告し続ける。 遠慮して付けなかった時間は、記録の上では働いていないことになります。付けにくい空気があるなら、自分の記録だけは正確に残します。
  • 「好きでやった」と言ってしまう。 自主的な作業だったのか、指示や黙認があったのかは、労働時間かどうかの判断に関わります。指示は口頭だけでなく、チャットやメールで受けるようにすると記録になります。
  • 会社の資料を無断で持ち出す。 証拠のつもりでも、就業規則に触れるおそれがあります。自分の記録と手元の書類を中心にそろえ、ほかの資料の扱いは相談先に確かめます。
  • 辞めてからまとめて請求しようとする。 賃金を請求できる期間は、2020年4月以降に支払日が来た賃金について、当分の間3年です。古い分から請求できなくなっていくので、在職中から記録を始めます。
  • 体調の変化を後回しにする。 長時間労働が続き、眠れない、朝に体が動かないといった状態があるなら、賃金の確認より先に、医療機関や会社の産業医に相談してください。厚生労働省の「こころの耳」に、働く人向けの相談窓口がまとめられています。

理不尽な扱いへの向き合い方は、対人関係・調整の記事の一覧から探せます。