毎週の定例会議に出ても何も決まらない。誰も読まない日報を毎日書いている。資料の体裁を直すのに半日かかる。こうした「何のためにやっているのか分からない仕事」は、手段の目的化(手段と目的の逆転)と呼ばれます。

これは、働く人のやる気や意識が低いから起きるのではありません。ルールを守ったか、数字を達成したか、前例どおりかは外から見えて確かめやすい一方、本来の目的が達成できたかは見えにくい。見えるものだけで仕事が回る仕組みの中では、誰がやっても手段が目的に置き換わっていきます。

戻す方法は、仕事を始める前に「終わったときの状態」を先に決め、そこから逆にたどって手段を選び直すことです。この記事では、起きる仕組みを 3 つの型に分け、自分の仕事を点検する質問と、逆算で目的に戻す手順を整理します。

手段が目的に置き換わる仕組み

社会学者のロバート・K・マートンは、1940 年の論文「Bureaucratic Structure and Personality」(官僚制の構造とパーソナリティ、学術誌 Social Forces)で、この現象を官僚制の逆機能として取り上げました。もともと目的を果たすための手段だった規則が、守ること自体を目的とするものに変わっていく。これが「目標の転移(goal displacement)」です。

職場で起きる置き換わりは、大きく 3 つの型に分けられます。

1. 規則の型

手順やルールは、品質や公平さを守るために作られます。ところが、ルールを守ったかどうかは確認しやすく、守っていれば責められません。一方、ルールを守った結果として目的が果たせたかは、誰も確かめません。こうして「決まりどおりにやった」ことが、仕事の完了の印になります。

2. 数字の型

成果を測るために置いた数字が、それ自体の目標になると、数字だけが動いて成果が伴わなくなります。経済学者チャールズ・グッドハートが 1975 年に示した考え方が元になった「グッドハートの法則」として知られています。評価や目標管理の仕組みがこの型を生む流れは、評価制度が手段の目的化を生む理由で詳しく整理しています。

3. 前例の型

ある作業が始まったときには理由がありました。担当者が替わるうちに、理由は引き継がれず、手順だけが引き継がれます。理由を知る人がいなくなった作業は、やめてよいかを判断できる人もいないため、残り続けます。

3 つの型に共通するのは、手段は見えるが、目的は見えないという点です。見えるものだけが確認され、確認されるものに人は力を注ぎます。個人の注意だけで防ぐのが難しいのはこのためです。

自分の仕事で起きているかを点検する

次の質問に、いまの自分の仕事を 1 つずつ当ててみてください。「はい」が付いた項目が、見直しの候補です。

点検する質問「はい」のとき疑われる型
この作業をやめたら、誰が何に困るかを答えられない前例の型
完了の基準が「提出した」「開催した」「入力した」になっている規則の型
数字は達成しているのに、相手の反応や結果が変わらない数字の型
やり方を変える提案に「前からこうしている」と返ってくる前例の型
「何のため?」と聞くと、別の手段が返ってくる(資料は会議のため、会議は報告のため)3 つの型すべて
作業の出来は細かく直されるが、その作業で何が良くなったかは聞かれない規則の型
数字を達成するために、本来の目的に反する動きをしたことがある数字の型

5 つ目の質問は特に重要です。「何のため?」を 2〜3 回繰り返しても手段しか出てこないとき、その仕事の目的は誰も言葉にしていません。目的と手段の関係を段に分けて書き出す方法は、目的と手段の違いで扱っています。

逆算で目的に戻す 5 つの手順

逆算は、英語でバックキャスティングと呼ばれる考え方を仕事に当てはめたものです。この言葉は、ジョン・B・ロビンソンが 1982 年の論文「Energy backcasting: A proposed method of policy analysis」(学術誌 Energy Policy)で用いたのが始まりとされます。起こりそうな未来を予測するのではなく、望ましい未来を先に決め、そこに至る道筋を今に向かってたどる方法です。

仕事の単位では、次の 5 つの手順で使えます。

手順 1:終わったときの状態を 1 文で書く

「誰が、何を、どういう状態で手にしているか」を書きます。「週次報告を作る」ではなく、「部長が、月曜の朝に、今週判断が要る案件を 3 分で把握できている」のように書きます。作業ではなく、作業の後に残る状態を書くのがこつです。

手順 2:その状態になったかを確かめる方法を決める

見れば分かる基準にします。「部長からの確認の質問が月曜に 1 件以下」「判断待ちの案件が翌週に持ち越されない」などです。基準が決まらない状態は、まだ抽象的すぎます。

手順 3:状態から逆にたどり、必要な手段を書き出す

いまのやり方をいったん忘れて、手順 1 の状態を作るのに最低限必要なものを書きます。上の例なら「判断が要る案件の一覧」「各案件の期限と選択肢」で足りるかもしれません。

手順 4:いまの手段と突き合わせて 3 つに分ける

いまやっている作業を並べ、手順 3 と照らして、次の 3 つに分けます。

  • 残す:手順 3 に対応している
  • 軽くする:対応しているが、手間に見合わない(体裁の調整、同じ内容の転記など)
  • やめる候補:どこにも対応していない

手順 5:やめる候補は、目的を決めた人に確かめる

やめる候補を自分の判断だけで止めてはいけません。自分に見えていない目的(監査への対応、他部署の集計など)があることがあります。確かめるときは、責める形ではなく、状態の形で聞きます。

週次報告の件でご相談です。部長が月曜に判断待ちの案件を把握できる状態を目的にすると、各案件の詳細ページは不要に見えます。他の用途で使われていなければ、一覧 1 枚に絞ってもよいでしょうか。

会議で決まったことが実行されないまま流れる場合は、決まった時点で次の行動に変える仕組みも有効です。議事録と発言録の違いで整理しています。

個人でできることと、組織の問題を分ける

手段の目的化のすべてを、個人の工夫で直せるわけではありません。自分の手が届く範囲と、そうでない範囲を分けておくと、消耗を避けられます。

個人でできること組織の仕組みの問題
自分の作業に、終わったときの状態を書いてから着手する評価の項目が、測りやすい手段に偏っている
依頼を受けたときに、完了の状態を確かめる作業をやめる判断をする人が決まっていない
やめる候補を、根拠を添えて提案する前例を変えた人が、失敗したときだけ責められる
目的を書いた記録を残し、引き継ぐ目的が上から言葉で示されない

右の列の問題は、本来は管理職や制度を作る側が直すものです。個人が右の列を一人で抱えると、提案しても通らない経験が重なり、仕事そのものへの意欲が下がります。自分で動かせる範囲の見つけ方は、仕事にやりがいがないときで整理しています。

実行するときの落とし穴

目的を抽象的な言葉で書く

「業務改善のため」「顧客満足のため」と書いても、手段は選べません。どの手段も当てはまってしまうからです。手順 2 の「確かめる方法」が書けるところまで、具体的にします。

目的を聞く質問が、詰問に聞こえる

「これ、何のためにやっているんですか」は、相手には「無駄だ」と言われたように聞こえます。手順 5 のように、自分が考えた状態を示して、合っているかを聞く形にすると、角が立ちにくくなります。

手段をすべて悪者にする

マートンの論文も、官僚制の規則が効率を生むことを前提にしています。問題は規則そのものではなく、目的との対応が失われた規則です。安全や法令、品質に関わる手順は、目的が見えにくくても残す理由があることが多いので、手順 5 で必ず確かめます。

一度決めた目的を固定する

目的も状況に応じて変わります。3 か月前に決めた状態がいまも必要とは限りません。四半期ごとなど、区切りのよい時期に手順 1 を書き直します。

逆算の結果を自分だけで持つ

自分の中で整理しても、周りが従来の手段で動いていれば、元に戻ります。書いた「終わったときの状態」は、依頼した人や一緒に動く人と共有しておきます。


手段の目的化は、目的が見えない仕組みの中で自然に起きます。次の仕事に取りかかる前に、「終わったとき、誰がどういう状態になっていればよいか」を 1 文だけ書いてみてください。それだけで、続けなくてよい作業が 1 つは見つかります。ほかの記事はビジネス基礎の一覧にまとめています。

参考資料