マニュアルを作ったのに誰も開かない。質問は相変わらず詳しい人に集まり、手順書は共有フォルダの奥で古くなっていく。こうなるのは、書き手の文章力の問題ではありません。「作ったこと」は成果として数えられるのに、「使われて作業がそろったか」を確かめる人がいないことが原因です。作ることが目的になり、読む人が手順書を開く場面が置き去りになります。

直し方は、書き始める前に「誰が、いつ、何をしながら読むか」を1つに決め、手順書をいつもの流れ・判断の分かれ目・例外の連絡先の3層に分けることです。そのうえで持ち主と見直しの日を付け、実際に使われたかを確かめます。以下では、目的化が起きる仕組み、自分の職場の手順書を点検する表、作り直す手順、やりがちな失敗を順に整理します。

マニュアル作成が目的化する仕組み

仕事が「手段」から「目的」にすり替わる一般的な仕組みは、手段が目的に置き換わる理由と逆算で戻す手順で扱っています。マニュアルの場合は、次の4つが重なって起きます。

作った成果だけが数えられる

「業務マニュアルを整備する」という指示には、たいてい期限と本数があります。30ページの手順書が10本そろえば、整備は完了として報告できます。一方、その手順書を見て新人が一人で作業を終えられたか、問い合わせが減ったかは、誰の目標にも入っていません。数えられる側に力が注がれるので、ページは増え、読みやすさは後回しになります。

書く人と読む人が違う

手順書を書くのは、その業務にいちばん詳しい人です。詳しい人は、自分には当たり前の前提を飛ばすか、逆に知っていることを全部書くかのどちらかに寄りがちです。前者では新人が途中で止まり、後者では探している1行にたどり着けません。どちらも、読む人がどの場面で開くかを決めずに書き始めたことから起きます。

例外を足すたびに、本文が重くなる

トラブルが起きるたびに「再発防止のため手順書に追記」が繰り返されると、いつもの流れの間に例外の説明が挟まり、毎日使う手順が読みにくくなります。

ただし、例外を消せばよいわけではありません。厚生労働省「職場のあんぜんサイト」の用語解説は、保守やトラブル対処などの非定常作業で労働災害が多い理由として、日常的に繰り返さないため作業に慣れる機会が少ないこと、事前の検討や作業指示が不十分になりやすいことを挙げています。めったに起きない作業ほど、人は覚えていません。 例外は削るのではなく、本文から分けて、探せる場所に置きます。

持ち主と見直しの時期がない

作った人が異動すると、手順書は誰のものでもなくなります。システムの画面や社内のルールが変わっても直されず、1か所でも古い記述を見つけた人は、ほかの部分も信用しなくなります。信用されない手順書は開かれず、質問は詳しい人に戻ります。

使われる手順書かを点検する

自分の職場の手順書を1本選び、次の表で確かめます。左の列ばかり当てはまるなら、作ること自体が目的になっている状態です。

見るところ作ることが目的になっている使われている
冒頭業務の背景や沿革から始まる使う場面と、終わったときの状態が最初にある
読む人決まっていない(全員向け)「配属1か月目の担当者」のように1つに決まっている
手順例外の説明が本文に混ざっているいつもの流れだけが番号付きで並ぶ
判断「状況に応じて」「適宜」と書いてある分かれ目の条件が数字か具体的な状態で書いてある
例外起きたことを全部書き足している起きたら誰に連絡するかと、別紙の場所が書いてある
表紙作成日だけ持ち主・版・最終確認日・次の見直し日がある
置き場所作業の画面から何度もたどる作業の画面や現場から1回で開ける
効果確かめていない問い合わせの数や、一人で終えられたかを見ている

「表紙」と「置き場所」の2行は、品質マネジメントの規格にも同じ考え方があります。JIS Q 9001:2015(ISO 9001:2015)の箇条7.5は、文書に題名・日付・作成者などの識別を付けること、内容を確認して承認すること、必要なときに必要なところで使える状態にしておくこと、版を管理することを求めています。また同じ箇条の注記は、文書をどこまで詳しく作るかは、組織の規模やプロセスの複雑さ、人々の力量によって異なるとしています。手順書の細かさは、書き手ではなく読む人の力量に合わせて決めてよいということです。

使われる手順書に作り直す手順

1. 読む人と使う場面を1つに決める

最初に、本文より先に次の3行を書きます。

読む人:経理に配属されて1か月以内の担当者 使う場面:月末に、請求書を会計の画面に入力しながら横に開いて見る 終わったときの状態:その月の請求書がすべて入力され、上長の承認待ちになっている

場面が決まると、書くことと書かないことが決まります。画面の横で見るなら、背景の説明は要りません。1画面に収まる短い手順と、つまずく箇所の注意だけで足ります。場面が2つ以上あるなら、手順書を分けます。

2. 実際の作業を見て、段に分ける

記憶で書かず、その作業をしている人の横で実際の動きを書き取ります。厚生労働省の「在宅介護サービス業におけるモデル安全衛生規程及び解説」に収められた作業手順書の作成要領は、作業を観察して大・中・小の単位に分解し、原案を作り、ほかの作業者の意見を聞いてから決める流れを示しています。介護の現場向けの資料ですが、事務の手順書にもそのまま使える順番です。

同じ資料は、問題のある手順を正しいと判断して標準にすると「改悪」につながると注意しています。書き取った手順に「同じ数字を2回入力している」のようなむだがあれば、書き写す前に直すか、直してよいかを上長に確かめます。

3. いつもの流れ・分かれ目・例外の3層に分ける

書き取った内容を、次の3つに振り分けます。

層入れるもの書き方
いつもの流れ毎回、同じ順で行う作業番号付きで1行1動作。動詞で終える
判断の分かれ目途中で選択が分かれるところ「金額が10万円以上なら手順5へ」のように条件を具体的に
例外めったに起きないこと、起きたら困ること見分け方と連絡先だけ。詳しい対処は別紙

振り分けに迷ったら、頻度で決めます。先ほどの厚生労働省の作成要領は、日常的に繰り返す「定常作業」の目安を10日に1回程度以上としています。これより少ない作業は、いつもの流れから外して例外の層に回すと、本文を短く保てます。

各手順には、しくじりやすい点を短く添えます。同じ作成要領は、こうした「急所」を成否・安全・やりやすさの3つの観点で確かめるとしています。事務なら「ここで保存しないと入力が消える」「取引先コードは0から始まる」が急所にあたります。急所は全部の行に付けず、実際につまずいた箇所だけにします。

4. 初めて使う人に一度やってもらう

原案ができたら、その作業を初めて行う人に手順書だけを渡し、書いた人は口を出さずに見ています。止まった箇所、聞き返された箇所が、書き足りない場所です。逆に、一度も目を向けられなかった段落は削れます。

5. 持ち主・版・見直し日を付けて、作業の場所に置く

表紙に、持ち主(個人名)、版、最終確認日、次の見直し日を書きます。見直しは日付で決めるほか、システムの画面や使う道具が変わったときにも行います。置き場所は作業する画面や現場から1回で開ける場所にし、古い版は残さないか、はっきり「旧版」として分けます。ファイル名で版を示す決め方は「最新」を使わない版の付け方を参照してください。

6. 使われたかを確かめる

1〜2か月後に、その作業の問い合わせが減ったか、手順書を見た人が一人で終えられたかを確かめます。数えるのは本数やページ数ではなく、作業がそろったかどうかです。変わっていなければ、中身より先に、読む場面の決め方か置き場所を疑います。

作り直すときの落とし穴

最初から全業務を書こうとする。 全部をそろえようとすると、また本数を数える仕事に戻ります。問い合わせが最も多い作業1本から始め、使われることを確かめてから広げます。

例外の欄に投げ込み続ける。 例外の層も、放っておけば肥大化します。同じ例外が月に何度も起きるなら、それはもう例外ではありません。いつもの流れか分かれ目に組み込み直します。

判断をすべて手順にしようとする。 経験が要る判断を無理に手順に落とすと、条件分岐が何重にも重なって読めなくなります。判断が要る場面は「ここは○○さんに確認」と書き、手順書の範囲の外に出して構いません。

動画や図だけで済ませる。 画面を録画した説明は分かりやすい一方、必要な場面を探しにくく、画面が変わると丸ごと撮り直しになります。流れは文字で書き、分かりにくい箇所にだけ図を添える形のほうが直しやすくなります。

一人で抱え込む。 手順書に持ち主を決めること、作成を本数ではなく「使われたか」で評価することは、担当者一人では変えられません。上長には「この作業の問い合わせが月に何件あり、対応に何時間かかっているか」を数字で示して相談すると、話が進みやすくなります。手順書づくりが担当の範囲もはっきりしないまま積み上がっているなら、業務範囲が曖昧なときに担当表で線を引く方法も使えます。


手順書は、作った日ではなく、誰かがそれを見て迷わずに作業を終えた日に役目を果たします。次に手順書を書くときは、本文より先に「読む人・使う場面・終わったときの状態」の3行を書いてみてください。ほかの記事はビジネス基礎の記事一覧にあります。

参考資料