アドラー心理学の「課題の分離」は、ある事柄の結末を最終的に引き受けるのは誰かで、それが自分の課題か相手の課題かを分ける考え方です。上司の機嫌、同僚の仕事の遅れ、後輩が教えたことを覚えるかどうか。これらを全部自分の課題として抱えると、自分の仕事に使える時間と気力が削られていきます。
ただし、職場でそのまま使うと2つの点でつまずきます。1つは、職場の仕事は「誰の課題か」を会社が割り当てているので、結末だけでは決めきれないこと。もう1つは、分けて終わりにすると突き放しになることです。分けたあとに、一緒にやる部分を「共同の課題」として言葉で決めるところまでを一組として使います。
課題の分離とはどういう考え方か
アドラー心理学の実践と研究を続ける Adler Institute Japan(一般財団法人 野田俊作顕彰財団)の解説では、課題の分離は「その課題に関する結末が最終的にふりかかるのは誰か」という観点から、その課題が本来誰の課題かを判断するものとされています。同じ解説は、課題の分離は「共同の課題」を作るための準備段階であり、分けたきりで終わるのなら単なる放任だ、とも述べています。
「課題の分離」という言い方は、日本でアドラー心理学を実践してきた人たちが整理してきた考え方として説明されることが多く、アドラーの著作の見出しをそのまま訳した言葉ではありません。アドラー自身は、著書『What Life Should Mean to You』(1931年。邦訳『人生の意味の心理学』岸見一郎訳、アルテ、2010年)で、仕事・交友・愛を、人が生きるうえで向き合う課題として論じています。職場の人間関係は、このうち「仕事」の課題にあたります。
職場で他人の課題を背負い込む理由
相手の感情を、自分の責任と取り違える
上司が不機嫌だと、自分の報告の仕方が悪かったのではと考えてしまいます。しかし、上司がどう感じるかは上司の課題です。自分の課題は、報告の中身を正確にして期限までに出すことまでです。この2つが混ざると、機嫌を損ねないことが仕事の目的になり、言いにくい報告ほど遅れます。
チームの成果は、全員の結果になる
職場が家庭や友人関係と違うのは、成果が共有されることです。同僚の作業が遅れれば、自分の担当する次の工程も遅れます。だから同僚の遅れは、同僚だけの課題とは言い切れず、一部が共同の課題になっています。ここを「同僚の課題だから関係ない」と切ると、自分の結果にも響きます。
分担が決まっていない仕事は、動く人に集まる
誰の担当とも決まっていない仕事は、気づいた人、断らない人に集まりがちです。それを自分の課題として引き受け続けると、本来の担当の仕事が圧迫されます。これは個人の心がけの問題というより、分担を決める仕組みの問題です。業務範囲があいまいな職場で仕事が増えていく流れは、担当範囲があいまいなまま仕事が増える理由で扱っています。
誰の課題かを見分ける
職場では、次の3つの問いを順に当てると判断しやすくなります。
- その結果を最終的に引き受けるのは誰か
- その仕事を割り当てたのは誰で、担当として指示されているのは誰か
- 自分が動くと、相手が決めるべきことを代わりに決めてしまわないか
よくある場面に当てはめると、次のようになります。
| 場面 | 自分の課題 | 相手の課題 | 共同の課題にするなら決めること |
|---|---|---|---|
| 上司が不機嫌 | 報告の中身と期限を守る | 上司がどう受け止めるか | 報告の時刻と手段(口頭か文字か) |
| 同僚の作業が遅れている | 自分の担当への影響を伝える | 同僚の段取り | 受け渡しの日と、遅れるときの連絡の決まり |
| 後輩が同じミスをする | 教えると約束した範囲を教える | 後輩が覚えて直すか | 確認する頻度と、質問してよい時間 |
| 会議で案が通らない | 根拠をそろえて案を出す | 決める人の判断 | 判断の基準を先に聞いておく |
| 評価が思ったより低い | 基準を聞き、次の期の行動を決める | 評価する人の判断 | 面談で基準と根拠を言葉にしてもらう |
| 同僚が職場の悪口を言う | 同意するかどうか | 同僚が何を話すか | 基本的には作らない |
表の右の列が、職場で課題の分離を使うときの本体です。分けるだけなら左と中央の列で済みますが、仕事を前に進めるのは右の列です。
職場で使う手順
1. 気になっていることを書き出す
頭の中で気にかかっていることを、1行に1つずつ書き出します。「部長が来週の会議で何と言うか」「Aさんの資料が間に合うか」「新人が辞めないか」のように、具体的な形にします。
2. 各行に印を付ける
それぞれに「自分」「相手」「共同」「不明」の印を付けます。先の3つの問いで決まらないものは「不明」にします。
3. 「不明」は、分担を決める人に確かめる
職場で誰の担当かを決めるのは、自分でも相手でもなく、仕事を割り当てる立場の人(多くは上司)です。
〇〇の件、担当がはっきりしていないので確認させてください。私が進める場合は、今週の△△の締め切りを来週に動かす必要があります。どちらを優先すればよいでしょうか。
担当を引き受けるなら何が後ろにずれるかを添えると、上司が判断しやすくなります。
4. 「共同」は、相手と決めることを言葉にする
共同の課題は、あいまいにしておくと、どちらかが背負い込む形に戻ります。何を・いつまでに・どちらが・遅れそうなときにどう連絡するか、の4点を相手と話して決め、チャットなどで文字に残します。表にまとめるなら、各作業に「実行する人」と「最終的に責任を持つ人」を1人ずつ書いておくと、境目がはっきりします。
5. 「相手」の課題は、手を出す代わりに伝えて待つ
相手の課題に先回りして手を出すと、相手が自分で決める機会を取り上げてしまいます。「手が足りなければ、水曜までなら手伝えます」と、手伝える条件だけを伝え、頼まれるまで待ちます。
6. 空いた時間を「自分」の課題に戻す
最後に、「自分」の印が付いた行に時間を戻します。上司の機嫌が気になるときにできるのは、報告の中身と時刻を整えることです。その具体的なやり方は、不機嫌な上司への報連相にまとめています。
使うときの落とし穴
- 「それはあなたの課題です」と口に出す。 考え方として持つのはよくても、言葉にすると突き放しに聞こえます。分けた結果は、口で言うより、手伝える条件を伝えるといった行動で示します。
- 担当業務を断る理屈に使う。 職場では、仕事を割り当てるのは会社です。割り当てられた仕事を「自分の課題ではない」と断ることはできません。範囲が広がりすぎているなら、分担の見直しとして上司と話します。
- 分けたまま放っておく。 困っている同僚を「本人の課題だから」と見送るのは、課題の分離ではなく放任です。共同の課題を作るところまでが一組です。
- ハラスメントを「相手の課題だから」と我慢する。 相手の言動は相手の課題ですが、それで自分の働く環境が害されているなら、話は別です。会社には、パワーハラスメントの相談に応じる体制を整えることが法律で義務付けられています(労働施策総合推進法)。ひとりで受け流さず、社内外の窓口に相談してください。相談先の選び方は社内の窓口で解決しないときの外部の相談先にまとめています。
- 感情と、仕事上の決定を一緒に切り離す。 上司の機嫌は上司の課題でも、評価や仕事の割り当てのような決定は、自分の働き方に直接響きます。感情は受け流してよいのですが、決定については根拠を聞き、記録に残します。
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