古い IT 環境の会社に限界を感じたとき、判断の軸にするのは「古いかどうか」ではありません。見るのは、危ないか(サポートの切れた機器や、個人の USB でのデータの持ち運びなど)、学べないか(手作業で完結し、工夫が何も残らない)、変わる見込みがないか(提案の窓口も予算の話もない)の 3 点です。
紙の回覧や二重入力が多いだけなら、不便ではあっても、社内で変えられる余地があります。一方、危ない状態が放置されていて、提案を出す先すらないなら、個人の努力で変えられる範囲を超えています。その場合は、辞める判断の材料に入れてよい段階です。
古い IT 環境が残り続ける理由
動いているうちは、誰も困っていない
経済産業省「DXレポート」(2018年)は、老朽化・複雑化・ブラックボックス化した既存システムの問題を克服できない場合、2025年以降、最大 12 兆円/年の経済損失が生じる可能性があるとし、これを「2025年の崖」と呼びました。同じレポートは、システムの刷新が進まない理由として、現状は問題なく動いているため誰も困っておらず、結果として問題が先送りされることを挙げています。
職場で起きていることも同じ構造です。紙の回覧も二重入力も、手間はかかっても仕事は回っています。回っているものを変えるには、費用と手間の説明が要り、その説明を引き受ける人がいなければ話は始まりません。
システムを変えると、仕事の進め方も変わる
同じレポートは、システムの問題を解決するには業務自体の見直しも求められ、現場の抵抗も大きいと指摘しています。道具を入れ替えると、決裁の流れ、書類の様式、担当の分け方まで変わります。「ツールを入れれば済む」話ではないため、社員 1 人の提案では動きにくいのです。
取引先や業界の都合で残っているものもある
FAX での受発注や紙の書類が残っているのは、取引先がそれを求めているからという場合もあります。この部分は、会社を移っても同じ業界にいる限り、ついて回ることがあります。
数字で見る、世の中の位置
総務省「令和7年通信利用動向調査」(常用雇用者 100 人以上の企業が対象)では、クラウドサービスを一部でも利用している企業は 83.5%、全社的に利用している企業は 60.0%でした。利用しているサービスで最も多いのは「ファイル保管・データ共有」の 73.3%です。この規模の企業では、ファイルを共有の場所に置いて使うことはすでに多数派になっています。ただし 100 人未満の企業は調査の対象に入っていないので、その規模の職場と比べる物差しには使えません。
不便・危険・学べない・変わらないを見分ける
感じている不満を、次の表に当てはめてみてください。
| 分類 | よくあるサイン | 意味 |
|---|---|---|
| 不便 | 紙の回覧と押印、二重入力、予定表が共有されない、連絡が電話とメールだけ | 時間はかかるが、手順を決めれば減らせる余地がある |
| 危険 | サポートが終わった OS やソフトを使い続けている、個人の USB や私用メールでデータを運ぶ、1 つの ID を複数人で使い回す、バックアップの有無を誰も知らない | 情報の漏えいや消失が起きたとき、担当者個人が責任を問われることがある |
| 学べない | 手順が特定の人の頭の中にしかない、作ったデータが次に使える形で残らない、自分の工夫が自分の中で閉じる | 社外で説明できる経験が積み上がりにくい |
| 変わらない | 提案を出す窓口がない、IT の話が予算の話にならない、前回の改善提案がどうなったか誰も知らない | 上の 3 つが続くことがほぼ確定している |
サポートの期限は、メーカーの公式情報で確かめられます。たとえば Microsoft は、Windows 10 のサポートを 2025年10月14日に終了しており、以後はセキュリティ更新プログラムが提供されないと案内しています。職場の機器が何を使っているかは、こうした公式の情報と照らせば事実として確かめられます。
判断の目安は次のとおりです。
- 「不便」だけ:社内で試す価値があります。次の章の手順から始めてください。
- 「不便」+「学べない」:試しながら、社外で説明できる経験を自分で残す工夫が要ります。
- 「危険」+「変わらない」:個人では変えられず、リスクだけを引き受ける形です。辞める判断に入れてよい段階です。
辞める前に、社内で試すこと
自分の範囲から整える
チームの合意なしにできる範囲から始めます。ファイルの置き場と名前の付け方をそろえるだけで、探す時間はかなり減ります。やり方は共有ファイルの置き場を 1 つに決める方法で整理しています。
「危険」は、リスクとして文書で出す
「危険」に入ったものは、「不便なので変えたい」ではなく、「このままだと何が起きうるか」として出します。書くのは次の 4 点です。
- いまの状態(例:共有の ID を 5 人で使っている)
- 起きうること(例:誰が操作したか分からず、誤操作や漏えいの原因を追えない)
- 対応案と費用の目安(例:1 人 1 つの ID に分ける。追加費用の有無)
- 誰がいつ作業するか
口頭で伝えるだけでは、提案したこと自体が残りません。メールや文書で出し、返事の期限も書いておきます。
大きな入れ替えは、小さく始める
基幹のシステムや Excel の業務をまとめて入れ替える提案は、途中で止まりやすいものです。止まる理由と、範囲を絞って始める進め方は脱エクセルに失敗する理由にまとめています。
期限を決めて、返事を見る
提案を出したら、自分の中で期限を決めます。3 か月たっても返事がない、検討すると言われたまま動かない、という状態なら、表の「変わらない」に当てはまると判断してよい材料です。
見切るときに考えておくこと
辞めると決めたら、次の職場が同じ環境でないかを確かめる必要があります。ツールの名前を聞くだけでは分からないので、使い方の決まりや、直近でやめた作業を面接で聞きます。聞き方は面接で業務の効率を確かめる逆質問で扱っています。IT 環境ではなく、社内向けの資料作りの量が消耗の原因なら、資料作成ばかりの会社を辞めたいときの切り分けのほうが合っています。
古い環境にいた経験も、説明の仕方次第で使えます。「何が不便で、何を提案し、どこまで変わったか、変わらなかったのはなぜか」は、道具が違っても通じる経験です。在籍中に、自分の役割と判断だけを、社名や社内の呼び名を使わずに書き出しておきます。
移った先では、道具の操作より、文章で用件を伝えることと、自分の予定や進み具合を人に見える形で残すことが求められる場面が増えます。最初の数週間は慣れない負担がありますが、確認の往復や日程の調整にかかっていた時間が減るぶん、本来の仕事に時間を回せるようになります。
判断を誤りやすいところ
- 新しいツールがある会社を、整った会社だと思う。 ツールが新しくても、使い方の決まりがなければ、情報はばらばらに散らばります。見るべきは道具ではなく、使い方が決まっているかです。
- 業界の都合を、会社の遅れと取り違える。 取引先が紙や FAX を求めているなら、同じ業界のどの会社に移っても残ることがあります。表の「不便」のうち、どれが業界の都合かを先に分けてください。
- 辞める前に、会社のデータを持ち出す。 経験の記録に残すのは自分の役割と判断だけにします。顧客情報や社外秘の資料を私物に移すと、退職後に問題になることがあります。
- 1 人で全部を直そうとする。 業務の見直しを伴う入れ替えは、会社として決めることです。抱え込んで消耗するより、文書で提案して返事を見るところまでを自分の役割にしてください。
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