脱エクセルが途中で止まるのは、新しい仕組みの使い勝手が悪いからとは限りません。多くの場合、Excel のファイルが入力の欄だけでなく、計算のきまり、確認の手順、例外のさばき方まで抱えていて、それを誰も書き出さないまま移そうとしていることが原因です。移した先でそれが抜け落ち、「前はできた」という声が出て、結局 Excel に戻ります。
進め方の要点は 3 つです。移す前に Excel が担っている仕事を洗い出すこと。それを「新しい仕組みで扱う」「手作業で残す」「やめる」に分けること。そして、決める人と、旧ファイルを閉じる日を先に決めることです。
脱エクセルが止まる 4 つの理由
Excel が業務のきまりを抱えている
長く使われてきた Excel には、見えないきまりが積み重なっています。赤く塗った行は「要確認」、備考欄に「済」と書いたら完了、非表示のシートに単価表、特定の列だけは課長が書く、といったものです。使っている人は意識せずに守っていますが、どこにも書かれていません。
新しい仕組みに移すと、こうしたきまりは自動では移りません。入力欄だけを移した結果、確認の手順が抜け、「前のほうが便利だった」という評価になります。反発の多くは新しい仕組みへの好みではなく、業務の一部が消えたことへの反応です。
「今と同じように」が要件になっている
情報処理推進機構(IPA)の「ユーザのための要件定義ガイド 第2版」(2019 年)は、既存の仕組みを作り直すときの難しさとして、ドキュメントが古くなり、仕組みの理解者も業務に詳しい人もいなくなる「ブラックボックス化」を挙げています。そのうえで、「現行どおり」という要求の出し方は要件定義ではなく、具体的に現行の機能を定義できないなら要件定義は終わらない、と書いています。
Excel からの移行でも同じことが起きます。「今の Excel と同じことができればいい」と頼まれても、その「同じこと」の中身を誰も説明できなければ、作る側は推測で作るしかありません。
例外のさばき方が決まっていない
Excel は自由に書き込めるので、「今回だけ」の対応を行の追加や備考欄で吸収できます。新しい仕組みは入力の形が決まっているため、例外がそのままでは入りません。入らない例外は Excel で管理され、二重管理が始まります。
同じガイドは、業務の流れを書き出すときに例外処理を漏れなく洗い出すことが重要で、それぞれの発生頻度や影響度も把握するよう求めています。例外の数と頻度が分からないまま移すと、移した後に 1 件ずつ見つかります。
決める人がいない
同じガイドは、業務部門、特に現場の基本的な考え方は今の作業のムダ・ムラ・ムリの改善であり、大きな変化を嫌う保守的な傾向を示すこともあると述べ、経営層が業務を変える権限を業務部門に委ねるなど、強い意志を示す必要があるとしています。
現場の抵抗は、人柄の問題ではありません。やり方を変えてよいという権限が現場にないのに、変化だけを求められると、今のやり方を守るのが合理的な選択になります。要望が出るたびに担当者が個別に対応していると、決める人がいないまま仕組みだけが複雑になります。
自分の職場の状況を点検する
移行が止まりかけているときは、次の兆候から原因の見当をつけます。
| 兆候 | 起きていること | 先に打つ手 |
|---|---|---|
| 要望の大半が「前の Excel ではできた」 | 業務のきまりが書き出されていない | Excel の棚卸し(手順 2) |
| 新しい仕組みから書き出して Excel で加工している | 集計や帳票が移っていない | 出力の一覧を作る |
| 旧ファイルも更新され続けている | 並行期間の終わりがない | 終わりの日を決める(手順 6) |
| 備考欄に例外がたまっていく | 例外の扱いが決まっていない | 例外を数えて分ける(手順 3) |
| 要望に担当者が個別に対応している | 決める人がいない | 業務のオーナーを決める(手順 4) |
| 移したデータに空欄や表記の揺れが多い | 元の表の形が崩れている | データを整えてから移す(手順 5) |
そもそも Excel から移すべきかどうかも、条件で考えます。たとえば複数人で同じブックを同時に編集することは、Excel でもできます。Microsoft のサポートによると、共同編集は OneDrive または SharePoint Online に保存した .xlsx・.xlsm・.xlsb のブックで、Microsoft 365 のサブスクリプションがあれば使えます。1 枚のシートは 1,048,576 行まで扱えます(Microsoft サポート「Excel の仕様と制限」)。
| Excel のままでも回りやすい | 別の仕組みを検討する価値が大きい |
|---|---|
| 入力する人が少なく、担当がはっきりしている | 部署をまたいで多くの人が書き込む |
| 承認の記録が要らない | 誰がいつ承認したかを残す必要がある |
| 集計の形がほぼ変わらない | 同じデータを何通りにも集計し直す |
| ほかの仕組みとデータをやり取りしない | 会計や販売などの仕組みと転記している |
| 見てよい人と書いてよい人が同じ | 行や項目ごとに見せる範囲を分けたい |
右の列に当てはまるものが多いほど、移す効果は大きくなります。左の列に当てはまるなら、先に表の形を整えるだけで困りごとの多くが消えることもあります。
移行を進める手順
1. 目的を 1 行で決め、やめる作業を先に探す
「転記をなくす」「月末の集計を 1 日早める」のように、何のために移すのかを 1 行で書きます。そのうえで、今の作業のうち目的に関係のないものを探し、移す前にやめます。やめられる作業を移すと、移行の手間がそのまま無駄になります。目的と手段の分け方は「なぜ」と「どうやって」で仕事を分ける考え方で扱っています。
2. Excel が担っている仕事を棚卸しする
シートと列ごとに、次の表を埋めます。
| 書き出すこと | 例 |
|---|---|
| 何のための欄か | 「出荷予定日」は倉庫への連絡に使う |
| 誰が入れて、誰が見るか | 営業が入れ、倉庫と経理が見る |
| 数式・色・メモのきまり | 納期が 3 日以内なら赤、備考の「済」で完了 |
| 行き先 | 新しい仕組みで扱う/手作業で残す/やめる |
マクロで動いている処理は、作った人しか中身を知らないことが多いので、別に洗い出します。やり方はマクロの棚卸しと引き継ぎの手順にまとめています。
3. 例外を数えて分ける
過去 3 か月ほどの行を見返し、備考欄の書き込み、色を変えた行、手で直した数字を数えます。月に何度も起きる例外は新しい仕組みで扱えるようにし、年に数回のものは手作業の手順として紙 1 枚に残します。すべての例外を仕組みで扱おうとすると、移行は終わりません。
4. 業務のオーナーを決める
「この業務のやり方を決める人」を 1 人決めます。要望は一覧で受け付け、オーナーが週に 1 回まとめて採否を決めます。採らなかった要望も、理由を添えて一覧に残します。現場の担当者が 1 人で要望を受け止める形にしないことが大切です。
5. データを整えてから移す
結合セル、空白行、1 つのセルに複数の値が入った表は、そのままでは移せません。移す前に 1 行 1 件の一覧表に直します。直し方はExcel 方眼紙を集計できる表に直す手順、数式の誤りの見つけ方は計算式の間違いを防ぐ表の形と点検で扱っています。
6. 小さく始め、並行期間の終わりの日を決める
最初は 1 つの部署の 1 つの業務から始めます。切り替えの直後は、結果を突き合わせるために旧ファイルと並行して動かしてよいのですが、始める前に終わりの日を決めます。終わりの日を過ぎたら、旧ファイルは閲覧だけできる場所に移し、ファイル名にも旧版であることを書きます。
7. 効果を数字で確かめる
移す前に、転記にかかる時間、月末の集計にかかる日数、「最新はどれか」という問い合わせの件数などを測っておきます。移した後に同じものを測り、改善が見えればそれが次の業務に広げる根拠になります。
個人でできることと、組織で決めること
担当者が 1 人でできるのは、手順 2 の棚卸しと手順 3 の例外の数え上げです。この 2 つがあるだけで、「なぜ進まないのか」を感覚ではなく一覧で説明できます。
一方、オーナーを決めること、やめる作業を決めること、旧ファイルを閉じる日を決めることは、担当者の権限では決められません。棚卸しの表を持って、決める立場の人に判断を求めます。ここを担当者の頑張りで埋めようとすると、その人が異動した時点で止まります。
実行時の落とし穴
新しい仕組みで Excel の見た目を再現しようとする。 列の並びや色まで同じにしようとすると、手間の割に効果がありません。再現すべきなのは見た目ではなく、手順 2 で書き出したきまりです。
書き出して Excel で加工するのが当たり前になる。 集計や帳票の要望を後回しにすると、毎回書き出して Excel で加工する作業が残り、二重管理と同じ状態になります。よく使う集計は、移行の範囲に最初から入れます。
詳しい 1 人に任せきりにする。 移行の設定や例外の扱いを 1 人だけが知っている状態は、移す前の Excel と変わりません。決めたことは一覧に残し、少なくとも 2 人が説明できるようにします。
使わない人を責める。 使われないときは、使いにくい理由が必ずあります。多くは手順 2 か手順 3 の漏れです。理由を聞き、一覧に足して判断する流れに戻します。
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