Excel のマクロを作った人が辞めて業務が止まるのは、コードが難しいからとは限りません。多くの場合、どのファイルに何のマクロがあり、何を準備して動かし、結果をどう確かめるかが、本人の頭の中にしかないことが原因です。

厚生労働省の「確かめよう労働条件」によると、期間の定めのない労働契約で働く人が退職するときは、原則として 2 週間前までに申し入れることと民法(627 条 1 項)で定められています。退職が決まってから引き継ぎを始めると、最短で 2 週間しかありません。だからこそ、今のうちに棚卸し表を作り、作った人と一緒に動かして記録し、1 本ずつ行き先を決めておくことが防ぎ方になります。

マクロが属人化する仕組み

本人のパソコンにしかないマクロがある

Microsoft のサポートによると、Excel には「個人用マクロ ブック(Personal.xlsb)」という、Excel を開くたびに裏で開く非表示のブックがあり、そこに保存したマクロは同じコンピューターで Excel を起動するたびに使えます。保存先は、そのパソコンの XLSTART というフォルダーです。

つまり、毎日の業務で使っているマクロが、共有のファイルではなく作った人のパソコンの中だけにあることがあります。退職や異動でパソコンが初期化されると、そのマクロは消えます。共有フォルダーをいくら探しても見つかりません。

手順がコードの外にある

マクロそのものより見落とされやすいのが、動かす前後の手作業です。「ボタンを押す前に、このシートを日付順に並べる」「実行したら、できたファイルを経理のフォルダーに移す」「月初だけは先に別のブックを開いておく」。こうした手順は本人が覚えているだけで、コードにも書かれていません。

置き場所や渡し方が変わると動かなくなる

マクロは、決まったフォルダーやファイル名を読みにいくように作られていることが多く、保存先が変わると止まります。

もう 1 つ注意したいのが、Windows 版の Office の安全のための仕組みです。Microsoft Learn「インターネットからのマクロは、Office で既定でブロックされます」によると、メールの添付ファイルやブラウザーでダウンロードしたファイルのように、インターネットから入手したファイルのマクロは、既定で実行がブロックされます(2022 年から順に適用)。ネットワーク共有のファイルでも、共有に IP アドレスでアクセスしている場合などは、ブロックのメッセージが出ることがあるとされています。引き継ぎのためにマクロの入ったブックをメールで送ると、受け取った人の手元では動かないことがあるわけです。ブロックの解除や信頼できる場所の設定は、自分で判断せず、社内の情報システムの担当者に相談します。

善意で始まり、管理の外で育つ

多くのマクロは、手作業を減らそうとした 1 人の工夫から始まります。業務の分担表には載らないまま使う人だけが増え、止まったときの影響が大きくなります。属人化は作った人の責任ではなく、管理の外に置いたままにした組織の問題です。

棚卸し表を作る

まず、職場で動いているマクロを 1 本 1 行で書き出します。

書き出す項目例
ファイル名と保存場所共有フォルダーの「受注集計.xlsm」/本人の個人用マクロ ブック
マクロ名月次集計、請求書作成
何をするか(入力 → 出力)受注一覧を読み、取引先別の請求書を PDF で作る
動かし方シートのボタン、Alt+F8 から選ぶ、ブックを開くと自動で動く
前後の手作業実行前に一覧を日付順に並べる
時期と頻度毎月 1 営業日、毎朝
使う人経理 2 名
読み書きするもの別のブック、決まったフォルダー、メールの送信
止まったときの影響請求書が出せない
手作業で代わりにやる時間約 6 時間

書き出したら、どこから手を付けるかを決めます。点数を付ける必要はありません。止まったときの影響が大きく、使う頻度が高いものから順に、次の手順を進めます。影響が小さく、年に 1 回しか使わないものは、手作業の手順を残すだけで足りることもあります。

引き継ぎの手順

1. マクロの入ったファイルを探す

Microsoft のサポート「Excel でサポートされているファイル形式」によると、通常のブック形式である .xlsx には VBA のマクロを保存できず、マクロを保存するには .xlsm(マクロ有効ブック)などの形式を使います。共有フォルダーでは、.xlsx 以外の Excel ファイルを中心に探します。

作った人には、自分のパソコンで Excel を開き、Alt+F8 でマクロの一覧を表示してもらいます(Microsoft サポート「Excel のキーボード ショートカット」)。個人用マクロ ブックに保存したマクロもこの一覧に出るので、共有フォルダーで見つからなかったものを拾えます。

2. 作った人と一緒に動かし、入力と出力を残す

本番のファイルを複製し、作った人に一度動かしてもらい、横で前後の手作業も含めて書き取ります。動かす前の入力と、できあがった出力のファイルは、日付を付けて保管します。後で作り直したり直したりしたとき、同じ入力から同じ出力が出るかを突き合わせる材料になります。

3. 手順書を書く

手順書にはコードの説明ではなく、次の 5 つを書きます。

  • 何のためのマクロか(1 行)
  • 動かす前に準備すること
  • 動かし方
  • 結果が正しいかの確かめ方(件数や合計が元の一覧と合うか、など)
  • 止まったときの代わりのやり方と、相談先

手順書が長くなりすぎて使われなくなる理由と、使われる手順書の条件は、マニュアル作りが目的になってしまう理由で扱っています。

4. 2 人目が 1 人で動かしてみる

作った人が休みの日などに、手順書だけを見て 2 人目が動かします。つまずいたところが手順書の抜けです。ここまでできれば、作った人が急にいなくなっても、少なくとも毎回の運用は止まりません。

5. 1 本ずつ行き先を決める

最後に、それぞれのマクロをどう扱うかを決めます。

行き先向いているもの
今のまま残す安定して動いていて、手順書と 2 人目がそろったもの
Excel の標準の機能に置き換える並べ替えや集計、転記など、関数やテーブルで足りる処理
別の仕組みで作り直す部署をまたいで使う、承認や履歴が要る、ほかの仕組みとつながる処理
やめる出力を誰も使っていないもの

作り直す先は、ローコードツールや業務システムなど、いくつも候補があります。どれを選ぶかは、同時に使う人数、承認や履歴の要否、社内で誰が設定を直せるか、といった条件で比べます。どの道具に移しても、中身を知っている人が 1 人なら同じ属人化が起きることは変わりません。Excel の業務を別の仕組みに移すときの進め方は、脱エクセルが止まる理由と進め方にまとめています。

次のマクロを属人化させないルール

棚卸しが終わったら、新しく作られるマクロのためのルールを決めます。

  • マクロを含むブックは、共有の決まった場所に置く
  • 作ったら、棚卸し表に 1 行足す
  • 直したら、日付と内容を表に書く
  • 2 人以上が動かし方を説明できる状態にしてから、業務で使う

ファイルの場所を一覧にまとめて引き継ぐ考え方は、引き継ぎで「ファイルはどこ?」を防ぐ台帳も参考になります。

マクロを作ること自体を禁止するのは逆効果です。禁止すると、見えないところで作られ、棚卸し表から漏れます。作ってよいが、登録する、という形にします。

なお、Microsoft Learn は、信頼できる場所に置いたファイルはマクロがブロックされないため、信頼できる場所は慎重に管理すべきで、ネットワーク上の場所を信頼できる場所にすることは推奨しないとしています。「マクロが止まるから」と個人の判断で設定を変えず、置き場所の決め方は情報システムの担当者と相談します。

実行時の落とし穴

VBA にパスワードが掛かっていて中身が見られない。 作った人がいるうちに外してもらうか、上長が保管する形にしてもらいます。いなくなってからでは、正規の方法で中身を確かめる手段がなくなります。

作り直したら、古い不具合まで写してしまう。 手順 2 の入力と出力で結果を突き合わせると、元の計算の誤りが見つかることもあります。数式の誤りの見つけ方は、計算式の間違いを防ぐ表の形と点検で扱っています。

「全部作り直す」から始める。 作り直しは時間がかかり、その間に作った人が辞めることもあります。まず手順書と 2 人目をそろえ、止まらない状態を作ってから、作り直すかどうかを決めます。

作った人に引き継ぎを丸投げする。 引き継ぎの段取りを決め、2 人目の時間を確保するのは、業務を割り振る側の仕事です。退職が決まった人に全部を任せると、残り 2 週間では終わりません。

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参考資料