会議で決まらない。同じ確認が何度も回ってくる。改善を提案しても前例がないという理由で止まる。こうした職場に消耗しているとき、いちばん避けたいのは勢いで移って、同じ構造の職場に入り直すことです。
辞めたい気持ちは、判断の材料としては正しいものです。ただし材料であって、結論ではありません。この記事では、留まる場合に何が失われるのか、次の職場をどこで見極めるのか、辞めると決めたら法律上いつ何を伝えるのかを、順番に整理します。
まず、何が非効率なのかを分ける
「生産性が低い」とひとくくりにすると、動かせる部分と動かせない部分が混ざります。次の3つに分けてください。
| 分類 | 例 | 自分で変えられるか |
|---|---|---|
| 決め方の問題 | 決裁者と基準が不明、会議で決まらない、同じ議論が繰り返される | 変えにくい(上位の判断が必要) |
| 手順の問題 | 二重入力、紙と電子の併存、確認の往復 | 部分的に変えられる |
| 業界の構造 | 商慣習、法令上必要な手続き、取引先の都合 | 変えられない |
ここで重要なのは、上の2つと3つ目を混同しないことです。業界の構造に由来する手間を「この会社が遅れている」と受け取って移ると、移った先でも同じ手間に出会います。逆に、決め方の問題は会社ごとに大きく違うため、移ることで実際に変わる可能性があります。
書き出すときは、直近1か月で「これは無駄だ」と感じた場面を5つ挙げ、それぞれがどの分類かを当てはめてください。3つ目ばかりなら、転職しても状況は変わりにくいと考えられます。
留まる場合に減っていくもの
非効率な職場で失われるのは、時間だけではありません。より効いてくるのは、次の2つです。
判断を任される機会。 決め方が固まっていない組織では、決定が上に集まりがちです。その結果、自分で判断して結果を引き受ける経験が積みにくくなります。社外で説明できるのは、この判断の経験です。
経験を言葉にする余裕。 作業に追われている期間は、記録を残す時間が取れません。数年後に振り返ろうとしても、何を判断したかを思い出せない状態になります。
参考になる数字として、厚生労働省の令和6年度「能力開発基本調査」では、能力開発や人材育成に関して何らかの問題があるとする事業所は79.9%にのぼります。一方で、計画的なOJTについて正社員に対して実施した事業所は61.1%、キャリアコンサルティングを行うしくみを正社員に対して導入している事業所は49.4%でした。人材育成に課題を感じている事業所は多数派ですが、何らかの仕組みを持っている事業所も半数以上あるということです。自社がどちらかは、確認する価値があります。
次の職場を見極める
移ると決めた場合、見るべきは設備やツールの新しさではありません。決め方が定まっているかです。面接や面談では、次のように聞けます。
- 「直近1年で、業務のやり方を変えた例があれば教えてください」
- 「その変更は、誰がどういう基準で決めましたか」
- 「決まったことは、どこに残していますか」
- 「入社後3か月で、何を任される想定ですか」
答えの具体性が、そのまま組織の決め方の具体性です。「現場に任せています」という答えだけが返ってくる場合は、決め方が定まっていない可能性があります。
条件面では、法律上の裏づけがあります。労働基準法第15条第1項は、使用者は労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならないと定めています。そして同条第2項は、明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者は即時に労働契約を解除することができるとしています。口頭の説明だけで進めず、明示された内容を書面(または省令で定める方法)で受け取り、手元に残してください。
賃金の水準は、業種や企業規模によって平均がはっきり違います。厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」では、一般労働者の所定内給与額(月額、男女計)は企業規模別で大企業364.5千円・中企業323.1千円・小企業299.3千円、産業別では最も高い「電気・ガス・熱供給・水道業」が437.5千円、最も低い「宿泊業,飲食サービス業」が269.5千円でした。転職後の賃金については、同省「令和6年雇用動向調査」で、転職入職者のうち前職より「増加」した割合は40.5%、「減少」は29.4%、「変わらない」は28.4%となっています。上がる人のほうが多い一方、3割近くは下がっています。いずれも集団の平均や割合であり、個人の結果を約束するものではありません。
条件の比べ方は給料が上がらない理由を数字で見る記事で詳しく扱っています。
手本になる人がいないとき
非効率な職場では、「この人のようになりたい」と思える上司が見つからないことがあります。このとき、手本を1人に求めるのをやめると楽になります。
- 説明の仕方が分かりやすい人
- 段取りが崩れない人
- 反対意見の扱いが上手な人
- 記録の残し方が丁寧な人
社内外を問わず、要素ごとに別の人から拾います。全部そろった人を探す必要はありません。1人に依存しないほうが、その人が異動しても影響を受けません。
辞めると決めたあとの実務
辞める判断をしたら、次の点を押さえてください。
伝える時期。 民法第627条第1項は、当事者が雇用の期間を定めなかったときは各当事者がいつでも解約の申入れをすることができ、その場合、雇用は解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する、と定めています(民法・明治二十九年法律第八十九号)。一方で、就業規則に「1か月前までに申し出ること」といった定めが置かれていることもあります。実務としては、引き継ぎの都合も含めて会社と調整するのが通常です。就業規則の定めと民法の関係について個別の判断が必要な場合は、勤務先の所在地を管轄する労働基準監督署や、労働問題を扱う弁護士にご相談ください。
退職時の証明。 労働基準法第22条第1項により、労働者が退職に際して使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金または退職の事由について証明書を請求した場合、使用者は遅滞なくこれを交付しなければならないとされています。同条第3項では、証明書には労働者が請求しない事項を記入してはならないとも定められています。必要であれば請求できる、という点を知っておいてください。
辞める前に残しておくもの。 在籍中にしか手に入らない記録があります。担当した業務の範囲、関わった案件の規模、自分が判断した内容。社外秘の情報は持ち出さず、自分の役割と判断だけを自分用に書き出しておきます。書き方は肩書きの下でやっていたことを言葉にする方法と職場にいながら記録を残すやり方を参照してください。
判断の順序をもう一度
- 何が非効率なのかを5つ書き出し、決め方・手順・業界構造に分ける
- 業界構造以外が多いなら、移る価値がある可能性が高い
- 移る前に、自分の判断した経験を社内用語抜きで書き出す
- 次の職場は、設備ではなく決め方の具体性で見る
- 労働条件は明示されたものを書面で受け取り、手元に残す
- 辞める時期と手続きは、就業規則と法律の両方を確認する
辞めたい気持ちを否定する必要はありません。その気持ちを、どの条件を変えたいのかという具体的な形に翻訳する。そこまでできれば、残るにしても移るにしても、選んだ理由を自分で説明できるようになります。



