社内では話が早く進むのに、社外の人と組んだ途端に同じやり方が効かない。転職や副業を考えたとき、自分の経験をどう説明すればいいのか分からない。この違和感の正体は、能力の差ではなく、いま使っている力が「その会社の中でだけ有効な取り決め」に支えられていることにあります。

肩書きは、社内で誰が何を決めてよいかを定めた取り決めです。社外の相手はその取り決めの外にいるので、肩書きは効きません。ここで大事なのは、だから肩書きが無意味だという話ではないことです。肩書きの下で実際に起きていたことのうち、どこが持ち出せてどこが持ち出せないのかを分けられれば、経験はそのまま使えます。

立場の力と、それ以外の力を分ける

社内で人が動く理由は、立場によるものと、それ以外の3つに分かれます。

人が動く理由中身会社の外に出たとき
立場役職、決裁権、予算、人事評価への影響効かない
説明根拠を示して納得してもらう効く
実績前回うまくいった事実説明できれば効く
関係個人的な信頼、貸し借り相手が変われば効かない

社内で仕事が速い人は、この4つを無意識に混ぜて使っています。問題は、立場と関係の比重が高いまま年数を重ねると、説明と実績の側が育たないことです。そして外に出たときに残るのは、説明と実績だけです。

自分がどちらに寄っているかは、次の場面で分かります。

  • 依頼を断られたとき、次の手を持っているか。「自分の役職で押し切る」以外の選択肢がすぐ出てくるか
  • 自分の名前ではなく、部署名でしか話が通らなくなっていないか
  • 指示を出すとき、なぜそうするのかの説明を省いていないか
  • 社外の人に仕事内容を話すとき、社内用語を外すと説明が続かなくならないか

どれかに当てはまっても、いま持っている力が失われたわけではありません。言葉にしていないだけの場合がほとんどです。

持ち出せる力は9つに整理されている

「持ち出せる力」は、感覚で語るとあいまいになります。厚生労働省が公開している整理を使うと、自分の経験を項目ごとに見られます。

厚生労働省人材開発統括官による「ポータブルスキル見える化ツール キャリアコンサルタント等支援者向け活用教材(Ver 1.0)」では、ポータブルスキルを「業種や職種が変わっても通用する、持ち出し可能な能力」と定義し、「専門技術/専門知識」「仕事のし方」「人との関わり方」で構成されるとしています。そのうえで同ツールは、専門技術/専門知識を除いた9つの要素を診断項目としています(ポータブルスキルという枠組み自体は、一般社団法人人材サービス産業協議会(JHR)が開発したものとされています)。

仕事のし方(5要素)

要素ツールでの定義
現状の把握常にアンテナを張って情報を収集し、それを評価・分析している
課題の設定自分なりの問題意識に基づいて、改善策や解決策を設定する
計画の立案最終的なゴールに向けて、効果的なシナリオを描き、具体的な実行計画をたてる
課題の遂行成長や目標達成にこだわって、納期を厳守しながら業務を確実に遂行する
状況への対応どのような状況の変化に直面しても、臨機応変に対応する

人との関わり方(4要素)

要素ツールでの定義
社内対応価値観の異なる人々や利害の対立する社内関係者と調整し、合意形成を図る
社外対応価値観の異なる人々や利害の対立する顧客・社外関係者と調整し、合意形成を図る
上司対応上司に対して、報告や意見具申を行う
部下マネジメント部下やメンバーの持ち味を把握して業務を割り当てたり、育成・指導を行う

注意したいのは、このツール自体がミドルシニア層のホワイトカラー職種を想定していて、キャリアコンサルタントなどの支援者と一緒に使うことを前提にしている点です。若手のうちから診断を受ける必要はありません。ただし、9つの項目そのものは、自分の経験を分類するチェックリストとして今日から使えます。

ここで気づいてほしいのは、「社内対応」が持ち出せる力として入っていることです。社内調整ばかりで市場価値が上がらない、という不安はよく聞きますが、調整そのものが無価値なのではありません。分かれ目は、その調整を社名や個人名を抜いて説明できるかどうかです。

社内の経験を、持ち出せる形に言い換える

やることは単純です。直近1年でやった仕事を3つ選び、次の形に書き直します。

  1. 何が問題だったか(誰が困っていたか。数や頻度が分かれば添える)
  2. 何を自分で決めたか(判断した内容と、その根拠)
  3. どう動かしたか(誰に、何を説明して合意を取ったか)
  4. 何が変わったか(前と後の違い)

このとき、社内でしか通じない固有名詞をすべて外します。制度名、システム名、プロジェクトの略称、部署の通称。外しても説明が成り立つなら、その経験は持ち出せます。外すと何も残らないなら、そこはまだ言葉になっていない部分です。

言い換えの例を挙げます。

社内の言い方持ち出せる言い方
「◯◯システムの運用担当をしていました」「毎月◯件発生する申請の処理手順を整理し、確認の往復を減らしました」
「部長決裁を通しました」「反対していた部署の懸念を先に聞き取り、その論点に答える形で資料を作り直して合意を得ました」
「若手の面倒を見ていました」「新しく入った人が最初に詰まる箇所を洗い出し、手順書と確認のタイミングを決めました」

右側は、会社が変わっても意味が通ります。左側は通りません。書いている内容はどちらも同じ仕事です。

立場に頼らずに動いてもらう練習

言い換えと並行して、日常の中でできる練習があります。

  • 指示に理由を1行足す。 「これをお願いします」ではなく「◯◯のため、こういう形でお願いします」。立場ではなく説明で動いてもらう回数が増えます。
  • 社外の相手と直接やり取りする機会を取りに行く。 取引先、他部署、社内の別拠点でも構いません。自分の肩書きが効かない相手と話す経験が、9要素の「社外対応」にあたります。
  • 断られた記録を残す。 通らなかった提案と、その理由を書いておきます。次に同じ論点が来たときの材料になり、説明の精度が上がります。

気をつけたいところ

「肩書きに意味がない」と考えて、いまの役割を軽視する。 役職は、判断の機会と情報が集まる場所です。持ち出せる経験は、その機会の中でしか作れません。捨てるのではなく、そこで起きたことを言葉にするのが目的です。

社内評価を無視して動く。 評価が下がれば、任される仕事の範囲も狭まります。範囲が狭まれば、書ける経験も減ります。社内で成果を出すことと、それを社外に通じる言葉で持っておくことは、両立します。

言い換えを転職のときだけやろうとする。 記憶が薄れた後にまとめて書き出すのは、かなり難しい作業です。四半期に一度、3行でよいので残しておくほうが確実です。

肩書きが外で効かないのは、当たり前の仕組みです。効かないことに落ち込むのではなく、肩書きの下で自分が何を判断してきたのかを、固有名詞抜きで書けるようにしておく。それが、会社を離れても離れなくても手元に残る形になります。